筑波研究学園都市 地区

筑波研究学園都市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/06 09:14 UTC 版)

地区

都市ゲート(2010年(平成22年)3月14日)
研究学園地区の主要道路に設置されたランドマーク的な地点標。道路両サイドの植栽帯または中央分離帯のいずれかに設置されており、「筑波研究学園都市」の文字とともに地名が記載される。科学万博の開催に合わせ1985年3月、上沢竹園並木稲荷前松の里の5か所が最初に設置された[6]。当時は、行政上はまだつくば市が誕生する以前の6町村[注釈 1]に分かれていた時代で、その目的は都市としての一体感を高め、筑波研究学園都市の来訪者に学園都市の位置を認識してもらうためだった。土木学会デザイン賞 2001 優秀賞 受賞。[6]

筑波研究学園都市建設法では筑波研究学園都市のうち研究学園都市として開発が行われた地域を研究学園地区、その周辺を周辺開発地区と定めている[7]。研究学園地区がいわゆる狭義の筑波研究学園都市にあたり、広義には周辺開発地区を含める[1]

研究学園地区

研究教育施設地区、住宅地区(主に新住民用)、都心地区の合わせて約2,700 haからなり、範囲は南北に18 km、東西に6 kmに及ぶ[1]。このうち、研究機関・大学の用地が1,500 ha、住居地域は1,200 haある[1]。計画人口は10万人とされ、居住者の多くは東京都など県外から新たに移転してきた人口が占める[1]。主幹線道路である東大通り荒川沖駅付近から筑波山の方角に南北に伸びる道路)やそれと並行する西大通り牛久学園線がありそれらを東西につなぐ平塚線、北大通り中央通り土浦学園線南大通り土浦野田線と呼ばれる幹線道路がある。また、赤塚公園からつくばセンターを経て筑波大学筑波キャンパスに南北につながる自転車歩行者専用道路「つくば公園通り」約5 kmがある。

研究教育施設地区は、大学や公的研究機関からなる。これらは省庁別ではなく分野ごとに分散し北部に文教系、北西部に建設系、南部に理工系、南西部に農林・生物系の機関を配置している。

住宅地区は初期に計画的に建設された公務員住宅公団住宅公営住宅と、民間分譲地がある。特に前者は、ショッピングセンターや学校などと一体にしたものを分散して配置している。

都心地区(センター地区)は、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線つくば駅周辺にある。総延長約42kmのペデストリアンデッキが整備されるなど歩車分離を目指し、都市景観100選を受賞している。市役所以外の公的機関、西武百貨店、イオン、トナリエつくばスクエアなどの商業施設、つくば国際会議場ノバホールつくばカピオなどの公共施設が集積している。しかし広く分散する都市設計のため車社会となっており、大型商業施設に関しては安価で広い敷地が取れる研究学園地区外のほうが利点は大きい。また地中には総延長約7.4 kmの共同溝が埋め込まれ、上水道管、地域冷暖房配管、廃棄物運搬用真空集塵管、電力線、電話線、ケーブルテレビ (ACCS) 線などが収容されこれらの工事の際に道路を掘り返す必要がないように配慮している。

周辺開発地区

民間や公益の研究工場施設地区や当初の計画にはなかった新設の住宅・商業地区が存在する。研究工場施設地区も8箇所に分散し多くの民間企業の研究施設やハイテク部品の工場がある。公的研究機関と地理的に近いため、基礎研究を行う研究施設が多いのが特徴である。地価が安いことや将来的な拡充も考えて研究施設や工場は広めの土地を取得して設置されており、分布は疎になっている。基本的に洪積台地上にあるが台地と台地の間の沖積平野(主に水田として利用)にも、幹線道路沿いに住宅地や店舗が生まれている。

学園

研究学園地区は「学園」と呼ばれることがある。これは、研究施設だけでなく東京に立地する多くの大学も移転する予定であったことや、周辺開発地区に相当するものは当初計画に存在しなかったことなどに由来する。ただし「学園」の範囲は都心地区およびその周辺であると認識している者から研究施設等が立地している地域全てであると認識している者までおり、必ずしもその範囲は明確なものではない。


注釈

  1. ^ 筑波郡谷田部町筑波町大穂町豊里町、新治郡桜村、稲敷郡茎崎町の6町村。
  2. ^ 新・旧住民の区分は学術論文や官公庁の資料にもそのまま採用されているので、この語をそのまま用いる。

出典

  1. ^ a b c d e f 『茨城県大百科事典』茨城新聞社、(1981)
  2. ^ a b つくば市FactBook2011”. p. 10. 2012年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月6日閲覧。
  3. ^ 内閣 (1961年(昭和36年)9月1日). “官庁の移転について”. 2011年7月18日閲覧。
  4. ^ 内閣 (1963年(昭和38年)9月10日). “研究・学園都市の建設について”. 2011年7月18日閲覧。
  5. ^ オーラル地域史「土浦と霞ヶ浦の自然を守る」奥井登美子(土浦の自然を守る会代表)、2009年8月8日
  6. ^ a b 「現在地、ひと目で - 学園都市主要道路にゲート設置」『いはらき』茨城新聞社、1985年3月19日付日刊、15面
  7. ^ 筑波研究学園都市建設法”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局. 2020年1月28日閲覧。
  8. ^ 堀口純子 1980「筑波研究学園都市における新旧住民の交流とアクセント(1)」 『文藝言語研究. 言語篇』
  9. ^ 堀口純子 2006「筑波研究学園都市における新旧住民の交流とアクセント(2)」 『文藝言語研究. 言語篇』
  10. ^ 筑波研究学園都市の生活を記録する会編 1981年昭和56年) 『長ぐつと星空:筑波研究学園都市の十年 1, 2, 3』 筑波書林
  11. ^ 筑波研究学園都市の生活を記録する会編 1985年(昭和60年) 『続・長ぐつと星空:筑波研究学園都市のその後 上, 中, 下』 筑波書林(ふるさと文庫)
  12. ^ 国土交通省・筑波研究学園都市の歴史にみる都市づくりのあり方
  13. ^ 筑波研究学園都市研究機関等連絡協議会『平成25年度筑波研究学園都市外国人研究者等調査結果』
  14. ^ 筑波研究所移転の件(2006年2月2日)ダイセル化学工業






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