琴平参宮電鉄
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バス事業
バス事業の分離
2008年12月11日の報道で、経営悪化のためさぬき市に本社を置く同業の大川自動車に事業譲渡することが明らかになった[23]。バス事業は利用者の減少で赤字が続いており、それを不動産賃貸で補ってきたが、不動産事業での借入金が重荷になっていた上、同年に保有物件に入居していた大型スーパーのフジグラン丸亀中府が撤退したことなどもあり[注釈 7]、以後の見通しが立たなくなったことからこの措置となった。バス事業を新会社「琴参バス株式会社」に移管し、同社の全株式を2009年3月31日に大川自動車に譲渡する形が採られた。路線は維持され、従業員も一部を除き引き継がれた。琴平参宮電鉄と琴参バスとの間に資本関係はなくなったものの、琴平参宮電鉄の解散まで両社の役員を兼任していた人物が1名いたため人的関連は残っていた。大川自動車が琴参バスを引き取ったのは、琴参の路線が県外資本に渡ることを阻止するためであった。事業譲渡後については「琴参バス」を参照のこと。
高速バス
現在、高速バス運行はしていない。
廃止路線
トリトン号→さぬきエクスプレス横浜号
- 共同運行会社:相模鉄道(2007年まで)、四国高速バス(2007年から廃止まで)
- 神奈川県横浜市と香川県東かがわ市・さぬき市・高松市・坂出市・丸亀市を結んでいた夜行高速バスである。琴平参宮電鉄は経営危機に陥ったことによりバス事業を新会社の「琴参バス」に分離し、同社を大川自動車に譲渡することが決まったため、結果として琴平参宮電鉄の自社運行路線としては最初で最後の高速バス路線となった。
- 主要停留所:丸亀バスセンター - 坂出駅 - 高松駅 - 横浜駅西口
- 沿革
- 1990年12月21日 - 相鉄高速バスターミナル・横浜駅西口- 坂出駅経由高松駅間を相模鉄道と瀬戸大橋高速バスの共同運行でトリトン号運行開始。
- 1992年7月1日 - 瀬戸大橋高速バスが解散。これにより高松側の運行会社が四国高速バスへ移管。
- 2001年12月20日 - 神戸淡路鳴門自動車道経由にルート変更、大内(高速大内)、丸亀駅停留所を新設、 丸亀バスセンター発着となる。
- 2003年5月1日 - 高松側の運行会社が四国高速バスから琴平参宮電鉄へ移管。
- 2007年6月16日 - ダイヤ改正。相模鉄道が撤退(予約・発券は引き続き受託)、相鉄高速バスターミナル乗り入れ廃止。横浜駅西口の乗降場所が、第二ターミナル22番に変更。琴参バスと相鉄に代わって四国高速バスが復帰する形で運行。名称をさぬきエクスプレス横浜に変更。
- 2008年8月31日 - 相模鉄道が予約・発券からも撤退(同社が高速バス事業から完全撤退するため)。
- 2008年12月1日 - ハローブリッジ号と統合、丸亀・高松 - 横浜・新宿・八王子線となった(実質的には本路線の延伸)。[1]これにより琴平参宮電鉄は撤退。
- 使用車両
委託発売
四国高速バスが運行する路線の高速バス乗車券の予約・発券を委託されていたが、2008年11月30日をもって中止した。
路線バス
事業継承時点での路線については琴参バス#路線の項目を参照のこと。
備考
高松線はすでに廃止されているが、丸亀競艇場への送迎バス(現在は坂出駅以東は運行されていない)の停留所としてポールは事業譲渡まで残されていた。また、香川県道33号高松善通寺線(旧11号線)の片側2車線区間の下り線に残る琴参型の電照式ポールは共同使用していたことでんバスが現在も使用している。高松側のターミナルであった「高松駅前」バス停(日本生命高松駅前ビルの前にある)は、以前は高松駅前バスターミナルに入る同ターミナル始発の高速バスの待機所となっていたが、高速バスターミナルの移転によって高速バスの経路が変わり、同所を通らなくなったため、移転後は待機所としても利用していない。
かつては国分寺町(現・高松市)、多度津町、仲南町(現・まんのう町)、詫間町・高瀬町・仁尾町・財田町・山本町(いずれも現・三豊市)、大野原町・豊浜町(いずれも現・観音寺市)、観音寺市にも路線(詫間線 詫間駅前-須田-大浜-生里・飛谷/麻線 琴平営業所-高瀬駅前-国立西香川病院/鳥坂線 丸亀通町-高瀬駅前通り-観音寺営業所/山本線 琴平営業所-山本町-観音寺営業所/粟井線 観音寺営業所-上出-丸井/五郷線 観音寺営業所-残水-五郷渓/豊浜線 観音寺営業所-三豊総合病院前-関谷東/観音寺港線 観音寺港-中洲町-観音寺駅前)があったが、現在はなくなっている。
車体後部の社名表記は琴参バスへの移管以前から「琴參バス」(「参」が旧字体)であった。
注釈
- ^ 現在の高松琴平電気鉄道志度線。
- ^ 帝国鉄道年鑑によると大牟田電気軌道と男山索道の社長を兼務。他の一部の役員も同様に兼務している。
- ^ 『丸亀市史』では1918年。『新宇多津町誌』は1922年11月20日。
- ^ ヱスビー観光が旧綾歌町から受託して2001年10月から運行していた丸亀市綾歌地区(旧綾歌町域)コミュニティバス「おでかけバス」と、丸亀市から受託して2005年3月から運行していた丸亀市飯山地区(旧飯山町域)コミュニティバス「飯山コミュニティバス」の運行をヱスビー観光が会社解散のため、前日で受託契約終了[16]。
- ^ 2014年現在、香川県の鉄道トンネルは、県境の駅間を除くと、高徳線の昭和町駅・栗林公園北口駅間の1箇所しか存在しない。
- ^ 上記の香川県近代史研究会ウェブサイト掲載の過去の路線図には、この予定線を記載したものがある。
- ^ のち土地建物はハローズ丸亀中府モールとなった。
出典
- ^ 『人事興信録. 3版(明44.4刊)』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『日本全国諸会社役員録. 第23回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『日本全国諸会社役員録. 第26回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『日本全国諸会社役員録. 第29回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『銀行会社要録 : 附・役員録. 34版 昭和五年刊行』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『社債の実際知識』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『株式社債年鑑. 昭和11年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『日本全国諸会社役員録. 第20回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『鉄道省鉄道統計資料 大正11年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『日本全国諸会社役員録. 第31回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『鉄道省鉄道統計資料 大正11年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『鉄道省鉄道統計資料 大正12年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1924年10月24日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1928年1月28日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1928年3月28日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 丸亀の循環バス運行会社、契約解除へ - 四国新聞、2005年9月16日
- ^ 琴平参宮電鉄株式会社 有価証券報告書 ‐ 第162期(平成20年4月1日 ‐ 平成21年3月31日)
- ^ 大型倒産速報/琴平参宮電鉄株式会社[リンク切れ] 帝国データバンク2009年10月13日
- ^ 琴参電車資料 - 香川近代史研究会・丸亀ドイツ兵俘虜研究会
- ^ a b 今尾恵介『新鉄道廃線跡を歩く <5>四国・九州編』JTBパブリッシング、2010年
- ^ 森口誠之『鉄道未成線を歩く〈私鉄編〉』JTB、2001年、p.176
- ^ Kotohira sangu dentetsu.. Miyatake, Koji., 宮武, 浩二. Nekopaburisshingu. (2016.6). ISBN 978-4-7770-5396-4. OCLC 956352857
- ^ 琴参バス、大川バスに事業譲渡/路線は現状維持 - 四国新聞、2008年12月11日
固有名詞の分類
かつて存在した日本の鉄道事業者 |
産業セメント鉄道 安濃鉄道 琴平参宮電鉄 豊川鉄道 山鹿温泉鉄道 |
近鉄グループ |
愛媛近鉄タクシー 近鉄百貨店 琴平参宮電鉄 近鉄劇場 防長交通 |
かつて存在した日本のバス事業者 |
船橋バス 南海白浜急行バス 琴平参宮電鉄 道東バス 山口市交通局 |
かつて存在した香川県の企業 |
讃岐薬品 香川テレメッセージ エヌ・ティ・ティ・ドコモ四国 琴平参宮電鉄 丸金醤油 |
かつて存在した路面電車路線 |
播電鉄道 熊本市電春竹線 琴平参宮電鉄 旭川電気軌道東旭川線 名鉄岐阜市内線 |
四国地方の鉄道路線 (廃止) |
土佐電気鉄道安芸線 琴平電鉄塩江線 小松島線 屋島ケーブル 琴平参宮電鉄 |
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