無線電信 無線電信の概要

無線電信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/16 19:08 UTC 版)

アメリカ陸軍通信部隊英語版の無線通信士(1943年、ニューギニアにて)

無線電信は無線通信の最初の手段だった。グリエルモ・マルコーニが1894 - 95年に発明した初の実用的な無線送信機受信機は、無線電信を使用した。振幅変調(AM)による無線電話の開発によって電波で音声を伝送することが可能になった第一次世界大戦期までの約30年間は、無線で伝送できるのは電信のみであり、この期間は"wireless telegraphy era"(無線電信の時代)と呼ばれる。無線電信では、情報は短点(トン)と長点(ツー)の2つの異なる長さの電波のパルスによって送信され、通常はモールス符号を使用して文字によるメッセージを綴る。手動による電信では、送信側のオペレータは、電鍵(キー)と呼ばれるスイッチを操作して送信機のオンとオフを切り替え、電波のパルスを生成する。受信機では、パルスを受信機のスピーカから聞こえる可聴音に変換し、モールス信号を知っているオペレータによって元のメッセージに変換される。

20世紀前半にかけて、無線電信は長距離の商用、外交用、軍用の文字通信に使用された。これは、2つの世界大戦の間に、戦略的に重要な能力となった。なぜなら、長距離の無線電信局がない国は、敵により海底電信ケーブルが切断されると、世界の他の地域から隔離されてしまうからである。1908年頃から、高出力の大洋横断無線電信局が1分あたり最大200ワードの速度で国際商用電報を送信した。無線電信はその歴史の間にいくつかの異なる変調方式によって送信された。1920年まで使用されていた原始的な火花送信機は、非常に広い帯域幅を持ち混信を起こしやすい傾向がある減衰波を送信した。減衰波を出す送信機は1930年までに使用が禁止された。1920年以降に使用されるようになった真空管送信機は、今日でも使用されている連続波(CW: continuous wave)と呼ばれる無変調の正弦波搬送波のパルスを出すことができた。受信機でCW送信を聞こえるようにするためには、BFO(うなり周波数発振器)と呼ばれる回路を必要とする。第3の変調方式である周波数シフトキーイング英語版(FSK)は、主にラジオテレタイプ(RTTY)によって使用された。第二次世界大戦期には、モールス符号による無線電信はほとんどの分野でラジオテレタイプに置き換えられた。今日では、モールス信号による無線電信は時代遅れのものとみなされており[要出典]、今なお使用しているのはアマチュア無線のほか、軍隊による非常通信のための訓練くらいである。

概要

モールス符号を送信するアマチュア無線家

無線電信は、一般にCW(連続波)送信、ICW(断続連続波)送信、またはオンオフ変調と呼ばれ、国際電気通信連合(ITU)によって電波型式が"A1A"と指定されている。無線電信は、送信側オペレータが電鍵と呼ばれるスイッチを操作することで電波の送信をオン・オフし、短点(トン)と長点(ツー)の2つの異なる長さの無変調の搬送波のパルスを生成し、モールス符号などによって文章の文字を符号化して送信する無線通信方式である。受信側では、パルスは受信機によってスピーカから聞こえる可聴音に変換され、モールス信号を知っているオペレータによって元のメッセージに変換される。

このタイプの通信は、100年以上前の導入以来、他の通信手段に置き換えられてきたが、現在でもアマチュア無線や一部の軍事通信で使用されている[6]カリフォルニア州にはCW沿岸局KSMが現在も存在し、主にボランティアによって博物館として運営されており[7]、時々船との通信が行われる。ビーコン無線標識局)は航空業務や船舶の無線測位のために使用され、非常に遅い速度でモールス信号を送信している。

アメリカ合衆国連邦通信委員会(FCC)は、終身の商用無線電信従事者免許を発行している。これには、無線の規則に関する簡単な筆記試験、技術に関するより複雑な筆記試験、および毎分20語の平易な言語および毎分16語のコードグループでのモールス符号の聴き取り試験が課される[8]。無線電信は、アマチュア無線家によって今日でも広く使用されており、一般に無線電信、またはCWと呼ばれている。しかし、アマチュア無線従事者のクラスによっては、モールス符号の知識を必要としないものもある。

電波以外の方法

史上初の瞬時に遠隔に情報を伝えられるシステムである有線電信ネットワークが誕生すると、今度は電線なしで電信信号を送信する方法が模索された。1830年代初頭に開発された電信線は、電信柱で支えられた電線で複数の電信局をつなぎ、テキストメッセージを1対1で送るシステムだった。メッセージを送信するには、ある電信局のオペレータが電鍵と呼ばれるスイッチを操作して、モールス符号でメッセージの綴りを示すパルス状の電流を発生させる。電鍵が押されると、電信線の回路が繋がり、電信線に接続された電池により電流が流れる。受信局では、電流のパルスが音響器英語版に流れ、クリック音が発生する。モールス符号を知っている受信局のオペレータは、クリック音をテキストに変換し、メッセージを書き留める。電線を2本使用しなくても良いように、電信回路内の電流の戻り経路として接地(アース)を使用した。

1860年代までには、電信が商業・外交・軍事の至急のメッセージを送るための標準的な方法となり、工業国は海底電信ケーブルで海を超えて電信を送ることを可能にした。しかし、遠隔地の電信局を結ぶ電信線の敷設と維持には非常に費用がかかり、また、海上の船などには電線が届かなかった。電線を使用せずにモールス符号の電気信号を別の場所に送信する方法を発見できれば、通信に革命をもたらすことになると、発明家たちは認識していた。

1887年に電波が発見され、1899年頃までに実用的な無線電信の送信機・受信機が開発されることで、この問題は解決することになる。しかし、それに先行する50年間、他の手段によって無線電信を達成するための、独創的だが最終的には失敗した実験が数多く行われた。

地面・水・空気による伝導

実用的な電波によるシステムが利用可能になる以前、水・地面・空気を介して電流を長距離伝送することができるという(一部は誤った)考えに基づく多くの無線電気信号方式が調査された。

当初の電信線は、2つの電信局の間に2本の電線を使用して完全な電気回路を形成していた。しかし、1837年、ドイツミュンヘンカール・アウグスト・フォン・シュタインハイルは、各電信局の装置の脚の1本を地面に埋められた金属板(アース)に接続することによって、片方の電信線を取り除いて、1本の電信線だけで電信通信が行えることを発見した。これは、両方の電信線を取り除いて、すなわち、電信局に電線を接続することなく、地面を介して電信信号を送信することが可能でないかという推測をもたらした。別の試みとして、例えば、川を渡る通信を行うのに、川の水を通して電流を送る実験も行われた。このような考えに基づいて実験を行った者の中には、アメリカ合衆国のサミュエル・モールスやイギリスのジェイムズ・ボウマン・リンジー英語版がいる。リンジーは1854年8月に、500ヤード (457メートル)の距離で水車堰英語版を越えて信号を伝えられることを示した[9]

1919年の"Electrical Experimenter"に掲載された、テスラによる自身の無線システムの説明。

アメリカ合衆国の発明家ウィリアム・ヘンリー・ワード英語版(1871年)とマロン・ルーミス英語版(1872)は、低い高度に帯電した大気層があるという誤った考えに基づいた伝導システムを開発した[10][11]。彼らは、往路は大気の電流を使い、さらに復路は"Earth currents"(地球電流)を使うことで、無線電信を可能にすると同時に電信のための電力を供給し、電源の用意が不要になると考えた[12][13]。1879年、エイモス・ドルビアー英語版は磁気電気電話で、より実用的な伝導による無線伝送のデモンストレーションを行った。これは、接地伝導を使用し、4分の1マイルの距離を伝送した[14]

1890年代の発明家ニコラ・テスラは、ルーミスと同様の[15][16][17]空気と地面で伝導する無線電力伝送システムに取り組み、これを電信にも応用することを計画していた。テスラはこの実験から、地球全体に電気エネルギーを伝導することができると誤って結論付け[18][14]、1901年には、現在ウォーデンクリフ・タワーと呼ばれている高電圧の無線電力送信所を建造したが、資金援助を打ち切られたため運用されなくなり、数年後に放棄された。

最終的に、大地の伝導性を使用した電信通信は、短い距離に限定される非実用的なものであることがわかった。第一次世界大戦中に行われた、水を介した通信や塹壕間の通信も同様であった。

静電誘導と電磁誘導

静電誘導を使用した船舶から陸上への無線電信に関するトーマス・エジソンの1891年の特許。

限定された商業的用途のための無線電信システムの開発に静電誘導電磁誘導の両方が使用された。アメリカでは、1880年代半ばにトーマス・エジソンは、彼が「グラスホッパー電信」と呼ぶ電磁誘導システムの特許を取得した。線路に平行に張られている電信線と走行中の列車の間の短い距離で、電磁誘導により信号を伝えるものである[19]。このシステムは、技術的には成功したが、経済的には成功しなかった。なぜならば、列車の旅行者は車内で電信サービスが利用できるということにほとんど関心を寄せていないことが分かったからである。しかし1888年の大ブリザードの時に起きた、列車が雪の吹きだまりに埋もれた事故の際には、列車からメッセージを送信したり、外部からのメッセージを列車側で受信するために、このシステムが使用された。雪に埋もれていても、列車からはエジソンの誘導無線電信システムを介して通信を維持することができた[20]。これが、無線電信による史上初の遭難通信と見られている。エジソンはまた、静電誘導による船から陸上への通信システムの特許も取得した[21]。現代でも地下鉄などで誘導無線として使われている。


電磁誘導式電信システムの開発で最も成功したのは、イギリスのロンドン郵便本局英語版(GPO)の郵便電信の主任技術者のウィリアム・ヘンリー・プリース英語版だった。プリースは、1884年、道路の上に張られている電信線が地中に埋められた電信線の信号を伝送していることに気付き、その効果を発見した。ニューキャッスルでの実験では、四角形の電線を平行に置いて、4分の1マイルを送信することに成功した[22]:243。1892年には、ブリストル海峡を横断する約5キロメートル (3.1マイル)の間隔を置いて電信することができた。しかし、プリースの電磁誘導システムでは、送信側と受信側の両方に、数キロメートルもの長いアンテナ線が必要だった。この送受信用の電線の長さは、間を空けて伝送する距離とほぼ同じ長さが必要だった。例えば、イギリスのドーバーから対岸のフランスまで、イギリス海峡を横断して伝送するためには、それぞれの海岸に沿って約30マイル (48キロメートル)の電線を張る必要がある。これでは、小さな船や普通の大きさの島ではこのシステムを使用することはできず、非実用的であった。アンテナを実用的な長さにした場合には、非常に短い距離しか伝送できず、海底電信ケーブルを超える利点は持っていなかった。


注釈

  1. ^ 日本語ではwirelessだけでなくradioも「無線」と訳す場合がある。詳細は「無線」の項目を参照。

出典

  1. ^ Hawkins, Nehemiah (1910). Hawkins' Electrical Dictionary: A cyclopedia of words, terms, phrases and data used in the electric arts, trades and sciences. Theodore Audel and Co.. p. 498. https://books.google.com/books?id=8_VYAAAAYAAJ&pg=PA498&dq=%22wireless+telegraphy%22 
  2. ^ Merriam-Webster's Collegiate Dictionary: 11th Ed.. Mirriam-Webster Co.. (2004). p. 1437. ISBN 0877798095. https://books.google.com/books?id=TAnheeIPcAEC&pg=PA1437&dq=%22wireless+telegraphy%22 
  3. ^ Maver, William Jr. (1903). American Telegraphy and Encyclopedia of the Telegraph: Systems, Apparatus, Operation. New York: Maver Publishing Co.. p. 333. https://books.google.com/books?id=jIdRAAAAMAAJ&pg=PA333&dq=%22wireless+telegraphy 
  4. ^ Steuart, William Mott (1906). Special Reports: Telephones and Telegraphs 1902. Washington D.C.: U.S. Bureau of the Census. pp. 118–119. https://books.google.com/books?id=x-cpAAAAYAAJ&pg=PA118&dq=%22wireless+telegraphy 
  5. ^ 無電(むでん)の意味 - goo国語辞書
  6. ^ Morse code training in the Air Force
  7. ^ Coast Station KSM
  8. ^ TITLE 47—Telecommunication CHAPTER I—FEDERAL COMMUNICATIONS COMMISSION SUBCHAPTER A—GENERAL PART 13—COMMERCIAL RADIO OPERATORS
  9. ^ Fahie, J. J., A History of Wireless Telegraphy, 1838–1899, 1899, p. 29.
  10. ^ Christopher Cooper, The Truth About Tesla: The Myth of the Lone Genius in the History of Innovation, Race Point Publishing, 2015, pages 154, 165
  11. ^ Theodore S. Rappaport, Brian D. Woerner, Jeffrey H. Reed, Wireless Personal Communications: Trends and Challenges, Springer Science & Business Media, 2012, pages 211-215
  12. ^ Christopher Cooper, The Truth About Tesla: The Myth of the Lone Genius in the History of Innovation, Race Point Publishing, 2015, page 154
  13. ^ THOMAS H. WHITE, section 21, MAHLON LOOMIS
  14. ^ a b Christopher Cooper, The Truth About Tesla: The Myth of the Lone Genius in the History of Innovation, Race Point Publishing, 2015, page 165
  15. ^ Proceedings of the United States Naval Institute - Volume 78 - Page 87
  16. ^ W. Bernard Carlson, Tesla: Inventor of the Electrical Age, Princeton University Press - 2013, page H-45
  17. ^ Marc J. Seifer, Wizard: The Life and Times of Nikola Tesla: Biography of a Genius, Citadel Press - 1996, page 107
  18. ^ Carlson, W. Bernard (2013). Tesla: Inventor of the Electrical Age. Princeton University Press. p. 301. ISBN 1400846552
  19. ^ (アメリカ合衆国特許第 465,971号, Means for Transmitting Signals Electrically, US 465971 A, 1891
  20. ^ "Defied the storm's worst-communication always kept up by 'train telegraphy,'" New York Times, March 17, 1888, page 8. Proquest Historical Newspapers (subscription). Retrieved February 6, 2008.
  21. ^ Christopher H. Sterling, Encyclopedia of Radio 3-Volume Set, Routledge - 2004, page 833
  22. ^ a b Kieve, Jeffrey L., The Electric Telegraph: A Social and Economic History, David and Charles, 1973 OCLC 655205099.
  23. ^ Icons of Invention: The Makers of the Modern World from Gutenberg to Gates. ABC-CLIO. (2009). p. 162. ISBN 978-0-313-34743-6. https://books.google.com/books?id=WKuG-VIwID8C&pg=PA162 
  24. ^ Mulvihill, Mary (2003). Ingenious Ireland: A County-by-County Exploration of the Mysteries and Marvels of the Ingenious Irish. Simon and Schuster. p. 313. ISBN 978-0-684-02094-5. https://books.google.com/books?id=exics12jmtwC&pg=PA313+ 
  25. ^ Icons of invention: the makers of the modern world from Gutenberg to Gates. ABC-CLIO. https://books.google.com/books?id=WKuG-VIwID8C&pg=PA161&dq=British+High+Court+upheld+patent+7777&oi=book_result#v=onepage&q&f=false 2011年7月8日閲覧。 
  26. ^ Marconi at Mizen Head Visitor Centre Ireland Visitor Attractions”. Mizenhead.net. 2012年4月15日閲覧。
  27. ^ earlyradiohistory.us, UNITED STATES EARLY RADIO HISTORY, THOMAS H. WHITE, section 22, Word Origins-Radio
  28. ^ ICAO and the International Telecommunication Union - ICAO official website


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