保守 イギリス

保守

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/03 17:14 UTC 版)

イギリス

エドマンド・バーク

政治思想としての保守主義は、政治的保守主義ないしは近代保守主義と呼ばれ、コモン・ローの法思想を中心として発展してきた。17世紀に、イギリスのエドワード・コーク中世ゲルマン法を継承したコモン・ローの体系を理論化した。18世紀には、エドマンド・バークがコモン・ローの伝統を踏まえて著書『フランス革命についての省察』を公表し、保守主義を大成した。この著書は、フランス革命における恐怖政治に対する批判の書でもある。バークが英国下院で革命の脅威を説いた1790年5月6日が近代保守主義生誕の日とされる。このような経緯からバークは近代保守思想の祖と呼ばれている。バークは歴史的に継承され社会の一般的な考えとまでなった意見や信念を ancient opinions(古来の意見)、prejudice(偏見、固定観念)と呼び、イギリスの場合は国教会が第一の prejudice であるとし、イギリス国家の本質とした[14]。また国家は「一時的な便宜の観念に従って取り上げたり抛り出したりできるものではない」とし、国家とは憲法の基礎であり、教会とも不可分とした[14]。バークはルソー社会契約論やフランス革命のように人為に対して全幅の信頼を寄せることはできず、人為に依拠した正統化理論は採用できないと考えた[14]

政治と宗教の関係、政教分離問題についての保守主義の見解として、バークの優れた解釈者でもあった保守党の政治家ヒュー・セシルは、新約聖書では「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさい」とあり、これは宗教的事項と世俗的事項の分離であって「国家の権威が及ぶ領域においては、それに服従しなければならない。ただし、その領域は純粋に宗教的な事項に及ぶことはない」とのべた[15]。セシルは、規範は宗教化した政治(国家)によって教化されてはならず、規範は、人間がそれぞれ信仰を通して内面において理解するべきものであると論じ、国教会は国家の一機関ではなく、人々の内面性涵養の場であるとした[15]

トーリー主義と保守党

かつてトーリー主義と呼ばれていたイギリスの保守主義は、王政復古時代(1660年–1688年)に生まれた。神授王権によって統治を行う君主をともなう階級社会をイギリス保守主義は支持した。しかし立憲政府を確立した名誉革命(1688年)は、トーリー主義の再公式化をもたらした。再公式化後のトーリー主義においては統治権は国王、上院、下院の三つの身分に与えられたと現在ではみなされている[16]

保守派の歴史家たちによると、リチャード・フッカーは保守主義の創始者であり、ハリファックス侯爵は彼のプラグマティズムが賞賛されるべきであり、デイヴィッド・ヒュームは政治における合理主義を保守的に信用しなかったことが賞賛されるべきであり、エドマンド・バークは初期の指導的な理論家とみなされる。しかし、フッカーは保守主義が出現する前の人、ハリファックスはどの政党にも属していなかった、ヒュームは政治に関与しなかった、バークはホイッグ党員だった、との反論もある。

19世紀には、保守主義者たちはバークがカトリック解放を擁護したことから彼を拒絶し、代わりにブリングブローク英語版からインスピレーションを受けた。フランス革命に対するトーリー党の反応について書いたジョン・リーヴズ英語版は顧みられなかった[17]。保守主義者たちはバークがアメリカ独立革命を支持したことに反対しもした。例えば、トーリー党員のサミュエル・ジョンソンは著書『暴政なき課税』[18]の中でそれを非難した。

保守主義はイングランドの王政復古の過程で王政主義から発展した。王政主義者たちは絶対君主制を支持し、国王は神授王権によって統治しているのだと論じた。主権は人びと、議会の権威、信教の自由に由来するという考えに彼らは反対した。ロバート・フィルマーがイングランド内戦以前に著した『パトリアーチャないしは国王の自然権』[19]は彼らの見解を述べたものとして受け入れられるようになった。1688年の名誉革命を受けて、トーリー党員たちとして知られていた保守主義者たちは国王、上院、下院の三身分が主権を共有するということを受け入れた[20]。しかし、トーリー主義はホイッグ党が優勢だった長い期間の間にすみへ追いやられるようになった[21]1830年代に保守党と改名したこの政党は、不安に思いながらも協力し合った家父長的な貴族たちと自由市場における資本家たち両方の本拠地となったのちに、主要な政治勢力として復帰した[22]

新保守主義
1979年から1990年までのマーガレット・サッチャー政権は新保守主義新自由主義化を実行し、ニューライトともよばれた[23]



  1. ^ 保守、goo辞書
  2. ^ 保守主義、goo辞書
  3. ^ BBC: エドマンド・バーク (1729年 - 1797年)(英語)
  4. ^ The Scary Echo of the Intolerance of the French Revolution in America Today(英語)
  5. ^ a b 杉本竜也「政治思想・政治哲学としての保守主義における価値 イギリス・アメリカの保守主義を中心に」日本大学政経研究 49(4),p523
  6. ^ 杉本竜也「政治思想・政治哲学としての保守主義における価値 イギリス・アメリカの保守主義を中心に」日本大学政経研究 49(4),p540
  7. ^ 杉本竜也「政治思想・政治哲学としての保守主義における価値 イギリス・アメリカの保守主義を中心に」日本大学政経研究 49(4),p542
  8. ^ : constant force
  9. ^ Viscount Hailsham. The Conservative Case. Middlesex: Penguin Books, 1959. (英語)
  10. ^ 原語では前者が固有名詞(大文字で始まる表記)、後者が普通名詞(小文字で始まる表記)となっている。ヒュー・セシル『保守主義とは何か』早稲田大学出版部
  11. ^ マイケル・オークショット「保守的であるということ」(『政治における合理主義』所収、石山文彦訳、勁草書房、1988年、200頁)
  12. ^ Huntington, S. 1957. Conservatism as an ideology. in American Political Science Review 51:454-73.
  13. ^ アンソニー・クイントン『不完全性の政治学』東信堂、p10-11
  14. ^ a b c 杉本竜也「政治思想・政治哲学としての保守主義における価値 イギリス・アメリカの保守主義を中心に」日本大学政経研究 49(4),p527-8
  15. ^ a b 杉本竜也「政治思想・政治哲学としての保守主義における価値 イギリス・アメリカの保守主義を中心に」日本大学政経研究 49(4),p529-530
  16. ^ Eccleshall, p. ix, 21
  17. ^ Eccleshall, p. 2
  18. ^ : Taxation No Tyranny
  19. ^ : Patriarcha or the Natural Power of Kings
  20. ^ Eccleshall, pp. 21-25
  21. ^ Eccleshall, p. 31
  22. ^ Eccleshall, p. 43
  23. ^ 二宮元「イギリスのニューライト : 新自由主義と新保守主義」2010年、一橋大学
  24. ^ 藤森かよこ「アメリカにおける保守主義の 誕生とアイン・ランドの交点」福山市立大学『都市経営』1号,2012年pp5-20
  25. ^ 藤森かよこ「衝動から思想へ-アメリカ保守主義の誕生とハイエク『隷属への道』」都市経営No.3(2013)pp.22
  26. ^ 落合仁司『保守主義の社会理論 ハイエク、ハート、オースティン』勁草書房1987,p141
  27. ^ : The conservative mind, from Burke to Santayana
  28. ^ 杉本竜也「政治思想・政治哲学としての保守主義における価値 イギリス・アメリカの保守主義を中心に」日本大学政経研究 49(4), p538, 2013
  29. ^ : conservative impulse
  30. ^ 藤森かよこ「衝動から思想へ-アメリカ保守主義の誕生とハイエク『隷属への道』」都市経営No.3(2013)pp.9-26
  31. ^ http://www.ppionline.org/documents/equality_lipset.pdf(英語)
  32. ^ 維新精神史研究 P.421 徳重淺吉 1934年
  33. ^ 維新精神史研究 P.423 徳重淺吉 1934年
  34. ^ 福沢諭吉 学問のすすめ 福沢諭吉
  35. ^ 明治憲政史 (上巻) P.321-322 工藤武重 1914年
  36. ^ 犬養木堂伝 上巻 P.208-209 鷲尾義直 1938年
  37. ^ a b 東京専門学校参考書 政治原論 桃浪書院蔵版 P.304-305 市島謙吉 1889年
  38. ^ 立憲政友会史 第壹巻 伊藤総裁時代 P.11-12 小林雄吾 1924年
  39. ^ 第四十囘帝国議会に於ける暴利取締令舌戦録. 上巻 P.8-9 益川保次郎 1918年
  40. ^ 第四十囘帝国議会に於ける暴利取締令舌戦録. 上巻 P.14 益川保次郎 1918年
  41. ^ 暴利取締令と違憲問題 神戸又新日報 1918年2月8日
  42. ^ 輸出組合 コトバンク
  43. ^ 日露条約成立と対露輸出組合計画 中外商業新報 1925年1月31日
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  45. ^ 社会主義サヴェート共和国同盟の現勢 P.71-72 山川均 1928年
  46. ^ a b c d 貿易政策論 P.220-222 浜田恒一 1934年
  47. ^ a b 貿易政策論 P.223 浜田恒一 1934年
  48. ^ 電力問題の背後 P.48-49 小林一三 1938年
  49. ^ 立党宣言・綱領 自民党
  50. ^ 林健太郎「現代における保守と自由と進歩」。「現代日本思想大系35 新保守主義」の解説
  51. ^ 批判的合理主義と自由主義/保守主義:林健太郎のポパー論」秋田大学教育文化学部研究紀要57巻 p 41 - 50、2002年
  52. ^ 「日本人の政治意識」『集』第3巻328ページ
  53. ^ 中村「占領下での「民主化」と日本の「従う政治文化」」(神戸学院法学第34巻第1号2004-4)[1]
  54. ^ 平成22年(2010年)綱領 自民党
  55. ^ 米で人種・民族憎悪犯罪目立つ オバマ政権や不況影響か Archived 2009年6月23日, at the Wayback Machine.アサヒコム2009年6月21日





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