保守 アメリカ合衆国

保守

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/03 10:04 UTC 版)

アメリカ合衆国

アメリカでは、コモン・ローの法思想が、ウィリアム・ブラックストンの『イギリス法釈義』を通じて、そのままアメリカの保守主義としてアレクサンダー・ハミルトンら「建国の父」たちによって継承された。そして、この法思想はアメリカの憲法思想となった。しかし、アメリカの保守主義は、イギリスの王室や日本の皇室などの保持を条件とせず、1930年代の大不況によって自由主義の原則がゆらいだ際に保守主義が登場したとされ、さらに1944年にイギリスで、1945年にアメリカで刊行されたフリードリヒ・ハイエクの『隷従への道』によってアメリカの保守主義は結集し、この本はアメリカの保守主義運動を最初に定義づけた著作とみなされている[21]。ただしハイエクは自らを保守主義でなく自由主義(リベラリズム、リベラル)と主張した[22]。ハイエクの自由主義では社会秩序を他人の自由を侵害しない限りで個人の自由な行為に委ねるもので、貧困や失業問題などを合理的に国家が管理することは否定される[23]

バークを重視するラッセル・カークは1953年に著作[注釈 5]を発表し、保守主義の定義として、(1)人間の良心と社会は神の意思によって創られたことを信じる、(2)伝統の多様性と神秘性に思いを寄せること、(3)文明社会には秩序と階級が必要で、平等とは道徳的な平等であり、政治介入による社会的平等は否定される、(4)私有財産の肯定と自由は不可分であること、(5)時効概念(バーク)を信頼し、空理空論を弄ぶ哲学屋や極端な合理主義を採用する計算屋への不信、(6)革新は人間を絶望へと誘い、真の変化はプロビデンスによる、とした[24]

2016年現在のアメリカは二大政党制であり、共和党が保守派、対する民主党がリベラル派の立場を採っている。共和党は伝統的には、自由主義小さな政府を掲げ、国際連合連邦政府による干渉の最小化(州権主義)、大企業への規制緩和や民営化を推進しており、国民皆保険制度も反対の立場をとっている。また、環境問題においても地球温暖化問題よりも経済効率を優先する傾向がある。外交政策においては反共主義の立場から強硬路線をとりパナマ、イラク、アフガニスタンなど各国の紛争への介入や戦争を行った。伝統的に中央政府に批判的で地域主義が強い背景には、開拓時代からの自主独立の精神や、相互不干渉のモンロー主義南北戦争進歩主義の北軍が勝者となり連邦政府となった事への反発などの歴史的経緯もある。

アメリカにおいては家族を基本的な価値として尊重し、政府は家族や私有財産を脅かす存在として警戒の対象になる反連邦主義の伝統がある。ロナルド・レーガンが所得税を減税しジョージ・H・W・ブッシュが遺産税の廃止を推進したのは、こうしたアメリカの保守思想に基づいてのことである。それゆえ、アメリカの保守は国家主義的な日本・フランス・ドイツ・イタリアなどの保守とは対極的な面がある(リバタリアニズムも参照)。ただし、日本やイギリスの保守派は軍事・外交・教育・治安維持では国家の役割を強調するものの、経済政策社会政策においては小さな政府を唱える傾向も強く、特に家族の価値を唱え、育児や介護の社会化には慎重、もしくは積極的に反対する。この面では欧州大陸諸国よりもリバタリアニズム的で、アメリカの保守との共通点が見られる。

文芸評論家のライオネル・トリリングはアメリカには保守主義はなく、保守の衝動[注釈 6]でしかないといい、またダニエル・ベル編集の『保守と反動 現代アメリカの右翼』でもアメリカにはエドマンド・バークのような保守思想は存在せず、ニューライト新右翼)にすぎないとした[25]

米国のシーモア・M・リプセットは米国のリベラルと保守は「しばしば平等や自由といった問題に関しては反対の立場を取るわけではない。そうではなく、両サイドは自由と平等のどちらかの核となる価値へ訴える。例えばリベラルは平等主義の卓越性や無制限の個人主義から生じる社会的不公平を強調するのに対して、保守は個人の自由という価値や流動性および努力による達成の社会的必要性という価値をリベラルな特効薬に含まれる集団主義によって『危険にさらされる』価値として大切にする、といった具合である。」という[26]

一方、アメリカ合衆国の教育機関における教員の政治的傾向の調査によれば、保守はリベラルより劣勢であり、特に大学でこの傾向が強く、大学の人文学専攻での割合は共和党支持者1人に対して民主党支持者5人、社会科学系では共和党支持者1人に対して民主党支持者8人にのぼった[27][28]。アメリカの四年制の大学教授を対象とした調査では、50%が民主党、39%が支持政党なし、11%が共和党支持で[29]、二年制大学を含む全大学教授を対象とした調査では、51%が民主党、35%が支持政党なし、14%が共和党だった[30][28]。リベラル優勢の傾向は、エリート校になるにつれ高まり、四年制のリベラルアーツ系大学と博士課程を持つエリート大学の方が、コミュニティカレッジよりも、リベラルの割合が高い[31][28]。また、K-12(幼稚園から高校)の教育でも同様で、K-12の公立校の先生の支持政党は、45%が民主党、30%が共和党、25%が支持政党なしという結果だった[32][28]

米国教育者の政治的傾向(政党支持率)[28]
民主党 共和党 支持政党なし
四年制大学教員 50% 11% 39%
二年制大学を含む全大学教員 51% 14% 35%
K-12(幼稚園から高校)教員 45% 30% 25%

注釈

  1. ^ : constant force
  2. ^ 原語では前者が固有名詞(大文字で始まる表記)、後者が普通名詞(小文字で始まる表記)となっている。ヒュー・セシル『保守主義とは何か』早稲田大学出版部
  3. ^ : Taxation No Tyranny
  4. ^ : Patriarcha or the Natural Power of Kings
  5. ^ : The conservative mind, from Burke to Santayana
  6. ^ : conservative impulse

出典

  1. ^ 保守、goo辞書
  2. ^ 保守主義、goo辞書
  3. ^ BBC: エドマンド・バーク (1729年 - 1797年)(英語)
  4. ^ The Scary Echo of the Intolerance of the French Revolution in America Today(英語)
  5. ^ a b アルペランジャン=ルイ[著], 石井三記[訳]「モンテスキューの作品における法と正義 : 法制史と法理論の交差する読解」『名古屋大學法政論集』第247巻、名古屋大学、2012年、187-215頁、doi:10.18999/nujlp.247.11hdl:2237/17426ISSN 04395905 
  6. ^ a b 杉本竜也 2013, p. 523.
  7. ^ 杉本竜也 2013, p. 540.
  8. ^ 杉本竜也 2013, p. 542.
  9. ^ Viscount Hailsham. The Conservative Case. Middlesex: Penguin Books, 1959. (英語)
  10. ^ マイケル・オークショット「保守的であるということ」(『政治における合理主義』所収、石山文彦訳、勁草書房、1988年、200頁)
  11. ^ Huntington, S. 1957. Conservatism as an ideology. in American Political Science Review 51:454-73.
  12. ^ アンソニー・クイントン『不完全性の政治学』東信堂、p10-11
  13. ^ a b c 杉本竜也 2013, p. 527-528.
  14. ^ a b 杉本竜也 2013, p. 529-530.
  15. ^ Eccleshall, p. ix, 21
  16. ^ Eccleshall, p. 2
  17. ^ Eccleshall, pp. 21-25
  18. ^ Eccleshall, p. 31
  19. ^ Eccleshall, p. 43
  20. ^ 二宮元「イギリスのニューライト : 新自由主義と新保守主義」2010年、一橋大学
  21. ^ 藤森かよこ「アメリカにおける保守主義の誕生とアイン・ランドの交点」『都市経営 : 福山市立大学都市経営学部紀要』第1巻、福山市立大学都市経営学部、2012年3月、5-20頁、doi:10.15096/urbanmanagement.0101ISSN 2186-862XNAID 120005381580 
  22. ^ 藤森かよこ & 2013-03, p. 22.
  23. ^ 落合仁司『保守主義の社会理論 ハイエク、ハート、オースティン』勁草書房1987,p141
  24. ^ 杉本竜也 2013, p. 538.
  25. ^ 藤森かよこ 2013, p. 9-26.
  26. ^ http://www.ppionline.org/documents/equality_lipset.pdf(英語)
  27. ^ Gross and Simmons 2007,p33,Rothman et al.2005,p6,Klein and Stern2009
  28. ^ a b c d e ブライアン・カプラン、月谷真紀訳 『大学なんか行っても意味はない? 教育反対の経済学』みすず書房、2019,pp.346-350.
  29. ^ Rothman et al.2005,pp5-6
  30. ^ Gross and Simmons 2007,pp31-32.
  31. ^ Cardiff and Klein,2005,p243,Gross and Simmons 2007
  32. ^ Moe,2011,pp84-87.
  33. ^ 維新精神史研究 P.421 徳重淺吉 1934年
  34. ^ 維新精神史研究 P.423 徳重淺吉 1934年
  35. ^ 福沢諭吉 学問のすすめ 福沢諭吉
  36. ^ 明治憲政史 (上巻) P.321-322 工藤武重 1914年
  37. ^ 犬養木堂伝 上巻 P.208-209 鷲尾義直 1938年
  38. ^ a b 東京専門学校参考書 政治原論 桃浪書院蔵版 P.304-305 市島謙吉 1889年
  39. ^ 立憲政友会史 第壹巻 伊藤総裁時代 P.11-12 小林雄吾 1924年
  40. ^ 第四十囘帝国議会に於ける暴利取締令舌戦録. 上巻 P.8-9 益川保次郎 1918年
  41. ^ 第四十囘帝国議会に於ける暴利取締令舌戦録. 上巻 P.14 益川保次郎 1918年
  42. ^ 暴利取締令と違憲問題 神戸又新日報 1918年2月8日
  43. ^ 輸出組合 コトバンク
  44. ^ 日露条約成立と対露輸出組合計画 中外商業新報 1925年1月31日
  45. ^ 政府の了解を得て対露輸出組合進捗 時事新報 1926年2月3日
  46. ^ 社会主義サヴェート共和国同盟の現勢 P.71-72 山川均 1928年
  47. ^ a b c d 貿易政策論 P.220-222 浜田恒一 1934年
  48. ^ a b 貿易政策論 P.223 浜田恒一 1934年
  49. ^ 電力問題の背後 P.48-49 小林一三 1938年
  50. ^ 張寅性「「失われた20年」と保守の美学」『失われた20年と日本研究のこれから・失われた20年と日本社会の変容』、国際日本文化研究センター、2017年3月31日、13-31頁、doi:10.15055/00006537NAID 120006683597 
  51. ^ 『大政翼賛会に抗した40人 : 自民党源流の代議士たち』朝日新聞社、2006年7月。 
  52. ^ 立党宣言・綱領 自民党
  53. ^ 村部貴浩「福田恒存の個人観の考察 : 政治批評としての清水幾太郎批判を中心に」『国際広報メディア・観光学ジャーナル』第29巻、北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院、2019年10月24日、21–36頁。 
  54. ^ 三谷太一郎「「文明化」・「西洋化」・「近代化」をめぐって: 福沢諭吉と丸山眞男─日本近代の先導者と批判者─」『日本學士院紀要』第72巻Special_Issue、2018年、226頁、doi:10.2183/tja.72.Special_Issue_209 
  55. ^ 『吉本隆明全集9 1964-1968』晶文社、2015年6月、283-296頁。 
  56. ^ 『読書人』1959年6月19日、『保守とは何か』2013年10月20日、pp.180-184。
  57. ^ 林健太郎「現代における保守と自由と進歩」。「現代日本思想大系35 新保守主義」の解説
  58. ^ 立花希一「批判的合理主義と自由主義/保守主義:林健太郎のポパー諭」『秋田大学教育文化学部研究紀要 人文科学・社会科学』第57巻、秋田大学教育文化学部、2002年3月、41-50頁、hdl:10295/880ISSN 1348-527X 
  59. ^ 『内閣調査室秘録 戦後思想を動かした男』文藝春秋、2019年7月19日、89-103頁。 
  60. ^ 及川智洋『戦後革新勢力の対立と分裂』 法政大学〈博士(政治学) 甲第451号〉、2019年。doi:10.15002/00021756hdl:10114/00021756NAID 500001352405https://doi.org/10.15002/00021756 
  61. ^ 『文藝春秋』1975年2月、『日本の自殺』2012年5月20日、pp.55-60。
  62. ^ 戦後保守政治の転換 ―「八六年体制」とは何か―”. 五十嵐仁のページ. 2022年11月27日閲覧。
  63. ^ 「平成の政治改革」と「アイデアの政治」――佐藤誠三郎という視点から――”. researchmap.jp. 2022年12月2日閲覧。
  64. ^ 「日本人の政治意識」『集』第3巻328ページ
  65. ^ 中村宏「占領下での「民主化」と日本の「従う政治文化」:丸山眞男の洞察を手がかりに」(PDF)『神戸学院法学』第34巻第1号、神戸学院大学、2004年4月、293-324頁、ISSN 03862046NAID 110001219642 
  66. ^ 平成22年(2010年)綱領 自民党
  67. ^ 若者の自民党支持率が高くなってきた理由 2012年が転機、保守化ではなく現実主義化だ | 国内政治 東洋経済オンライン、薬師寺克行
  68. ^ 中野剛志. “結局、昭和の政治のほうがずっとマシだった…「平成の保守」がデタラメな改革を繰り返した根本原因”. PRESIDENTOnline. 2022年10月19日閲覧。
  69. ^ 白川司 (2023年2月9日). “「フェミニズムは大嫌いで、巨乳キャラは大好き」日本社会でジワジワと存在感を増す"萌え系保守"の正体”. プレジデント社. 2023年2月11日閲覧。
  70. ^ 米で人種・民族憎悪犯罪目立つ オバマ政権や不況影響か Archived 2009年6月23日, at the Wayback Machine.アサヒコム2009年6月21日






保守と同じ種類の言葉


品詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「保守」の関連用語

保守のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



保守のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの保守 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS