ヘブライ文字 歴史

ヘブライ文字

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/08 10:09 UTC 版)

歴史

古ヘブライ文字の時代

音素文字がどのように発明されたかは正確には明らかではないが、エジプトシナイ半島から発見されたワディ・エル・ホル文字と原シナイ文字やパレスチナの原カナン文字などの文字の存在から、紀元前2000年ごろに発明されたと考えられる[1]。充分な資料のある初期の音素文字には楔形のウガリット文字や、碑文に用いた南アラビア文字古代北アラビア文字がある。そのうち、紀元前11世紀半ばには22文字からなる幾何学的な字形の文字が発達し、右から左へ安定して書かれるようになった。これをフェニキア文字と呼ぶ[2]

フェニキア文字は周辺のヘブライ語、モアブ語、アラム語などにも用いるようになった。これらの文字は時代を経るごとに形状が徐々に地域的な独自の変化を遂げるが、この時期のヘブライ文字を古ヘブライ文字 (Paleo‐Hebrew script)、ないし原始ヘブライ文字あるいは古代ヘブライ文字 (Ancient Hebrew script) などとも称する。この文字で書かれた出土資料として、古いものにはゲゼル・カレンダーなどがあるが、充分な資料が現れるのは紀元前9世紀以降である[3]

帝国アラム文字の借用

紀元前7世紀頃から新アッシリア帝国で行政言語としてメソポタミア全土で使用されるようになったアラム語は、続く新バビロニア帝国、ペルシア帝国においても行政言語・共通語の役割を担い、周辺の諸言語にも多大な影響を残している。その文字であるアラム文字(帝国アラム文字)は、古ヘブライ文字と同様にフェニキア文字から発達したものであるが、字形は速く書けるように曲線的で筆記体的な形に発達し、紀元前5世紀ごろには語末で特別な字形が発達した。この状態はエレファンティネ・パピルスのアラム語文書に見ることができる[4]

ユダヤ人はバビロン捕囚以降に、それまでの古ヘブライ文字にかわってアラム文字を受容した[4]。このアラム文字に遷移した後のヘブライ文字を方形ヘブライ文字 (Square Hebrew script) または単に「方形文字」と称する。

方形ヘブライ文字の展開

ヘレニズム時代にはいると、中東の行政言語はギリシア語が帝国アラム語にとってかわった。その後もアラム語とアラム文字は使いつづけられたが、字形は統一されなくなり、地方ごとの変種が生じた。ヘブライ文字が独自の形を取るようになったのもこのときのことで、紀元前3世紀以降に独特の字形の発達を見ることができる[5]

ハスモン朝が成立する紀元前2世紀から紀元前1世紀に制作がはじまったと考えられるクムラン出土の死海文書などを見る限り、紀元前後のユダヤ人の文字は聖典、俗文書を問わずほぼアラム文字系である方形ヘブライ文字に移行したようであるが、死海文書中では神名である「YHWH」など若干の単語を古ヘブライ文字で書き分けている例が見られる[3]。また後代のラビたちも古ヘブライ文字を「ヘブライ字(ketāb 'ibrī)」と称しているため、バビロニア捕囚後も一部古ヘブライ文字は生き続け、この時期には現行の「方形ヘブライ文字」と「古ヘブライ文字」との峻別・併用・使用上の差異が存在したとみて間違いないだろう。

いっぽう北イスラエル王国領であったサマリア地域では古ヘブライ文字が生き続け、紀元前3世紀頃には古ヘブライ文字に装飾的な要素を加えた独自のサマリア文字の祖形が出来上がったようである。中世のサマリア文字は死海文書中の古ヘブライ文字と近似している。

書体の変化

各地に離散したユダヤ人ごとに異なる書写の伝統があったが、聖書を筆写するためのヘブライ文字は古い書体を保ち続けた。これに対して注釈に使われる目的では行書的な書体が発達した。たとえば中世イタリアで発達したラシ書体 (Rashi scriptが知られる。日常の目的のためには筆記体が発達した。現代の筆記体は、16-17世紀に中央ヨーロッパで使われはじめたアシュケナジムの筆記体から派生したものである[6]


  1. ^ Hackett (2004) p.367
  2. ^ Naveh (1987) p.53
  3. ^ a b Goerwitz (1996) p.487
  4. ^ a b Daniels (1997) p.20
  5. ^ Goerwitz (1996) p.489
  6. ^ Naveh (1987) p.173
  7. ^ Hary (1996) p.728
  8. ^ Aronson (1996) p.735,737
  9. ^ Aronson (1996) pp.735-737
  10. ^ a b Aronson (1996) p.739
  11. ^ Aronson (1996) p.738
  12. ^ Goerwitz (1996) p.487
  13. ^ Steiner (1997) p.148
  14. ^ Ora (Rodrigue) Schwarzwald (1998). “Word Foreigness in Modern Hebrew”. Hebrew Studies 39: 115-142. JSTOR 27909619. (pp.119-120)
  15. ^ 文字名称のローマ字、ティベリア式発音、現代標準発音は Goerwitz (1996) p.490 による
  16. ^ a b c d e f g キリスト聖書塾『ヘブライ語入門』(第2版第4刷)キリスト聖書塾、1991年(原著1985年)、4頁。ISBN 4896061055 
  17. ^ a b c d e f g h i j k l m アレフベートは22文字だけ ミルトス
  18. ^ a b c d e f g h i j k 青木偉作『はじめての聖書ヘブライ語』国際語学社、2010年、13頁。
  19. ^ a b Daniels (1997) p.32
  20. ^ Can Abecedaries Be Used to Date the Book of Psalms?, Bible History Daily, (2018-01-13), https://www.biblicalarchaeology.org/daily/biblical-artifacts/inscriptions/can-abecedaries-be-used-to-date-the-book-of-psalms/ 
  21. ^ Gesenius' Hebrew Grammar, translated by A. E. Cowley (1910) p.29注2
  22. ^ Steiner (1997) p.147
  23. ^ Gesenius' Hebrew Grammar, translated by A. E. Cowley (1910) p.57
  24. ^ Aronson (1996) p.739
  25. ^ Goerwitz (1996) p.491
  26. ^ Hebrew, compiled by UNGEGN Working Group on Romanization Systems, (2013), https://www.eki.ee/wgrs/rom1_he.pdf 
  27. ^ “Changes in the Official Romanization System for Hebrew”, Ninth United Nations Conference on the Standardization of Geographical Names, (2007-06-15), https://unstats.un.org/unsd/geoinfo/ungegn/docs/9th-uncsgn-docs/econf/9th_UNCSGN_e-conf-98-4-add1.pdf 
  28. ^ כיצד לנקד בחלונות 10, השפה העברית, https://www.safa-ivrit.org/alphabet/howto_win.php  (ヘブライ語)






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