トリニティ実験 実験後の影響

トリニティ実験

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/28 08:04 UTC 版)

実験後の影響

ポツダム会談

実験の結果はハリー・S・トルーマン大統領の下に伝えられ、実験の直後に始まったポツダム会談ソビエト連邦との交渉のカードとして使われた。トルーマンとチャーチル英首相は実験の成功をさりげなくスターリンに伝えることが賢明だとして合意した。実験から8日後、会議の休憩中にトルーマンはアメリカ側の通訳を付けずにスターリンの元へと歩いていき、「我々には異常な破壊力をもつ新兵器がある」と告げた。スターリンは特別な関心を示さず「日本に対してうまく利用する」ことを望むと答え、すぐに会話は終了した。スターリンは、トルーマンにも遠目に注意深く見ていたチャーチルにもスターリンがその重要性をわかっていないのだと印象付けることにまんまと成功した。会議に参加していたソ連のジューコフ元帥は、スターリンが宿舎に戻りモロトフ外相に会話を報告した様子を回想録に記している。モロトフは「彼らにそうさせてください。〔ソ連で原爆開発を行っていた科学者のリーダーである〕クルチャトフと話しあってスピードアップさせなければなりません」と応じた[32]

トルーマンはスターリンが特に反応を示さなかったことにいささかショックを受けた。しかし、スターリンは既にマンハッタン計画や原爆、さらにトリニティ実験についても諜報員を通じて知らされており、またアメリカ国内の核独占を危険視する科学者らの協力によって技術情報を入手して[33]ヴェノナ・プロジェクトも参照)、既に1943年には原爆開発計画を開始させていた。ソ連は1949年に核実験に成功し、フランク・レポートなどでアメリカの一部の科学者が懸念していた通り、アメリカの核兵器の独占状態は数年と続かなかった。

日本への原爆投下

トリニティ実験の成功に続いて、日本(アメリカ、ドイツと同じく原子爆弾の研究、開発が行われていた)に対して使用するために2発の原子爆弾が準備された。8月6日に日本の広島市に投下された1発目の爆弾は「リトルボーイ」というコードネームで呼ばれ、核分裂物質としてウラン235が使われていた。ガンバレル型と呼ばれるこのタイプの原子爆弾は実験を行なっていなかったが、爆縮型の原爆に比べて構造がはるかに単純なため、ほぼ間違いなく正常に作動することが予想された。それ以前にウラン235は、この時点で爆弾1発分しか生産できていなかったため、いずれにせよ、投下前に実験を行なうことはできなかった。作動が容易な反面、不慮の爆発を防ぐ安全策を取る事が困難であり、大量のウラン235の調達が必要だった事もあり、以後この方式は廃れていった。

8月9日長崎市に投下された2発目の爆弾は「ファットマン」というコードネームで呼ばれ、トリニティ実験でテストされたのと同じ爆縮型タイプのプルトニウム爆弾だった。以後の原爆はこの方式が主流となっている。

広島と長崎への原子爆弾投下によって少なくとも12万人以上の人々が即死し、その後も時とともに多くの人々が犠牲となった。非戦闘員の無差別虐殺であるという主張や、これによって、日本本土への上陸攻撃で10万人を超える連合軍将兵、そしてそれをはるかに超える日本人将兵と民間人の犠牲者が予想されたダウンフォール作戦の決行を逃れ、長期的に見ればより日米、また英中ロなど多くの人命を救う結果となったという主張も存在する(原子爆弾投下に関する歴史的疑問やこれを取り巻く議論については「日本への原子爆弾投下」を参照のこと)。

実験の数週間後に実験塔の跡地に立つレズリー・グローヴス中将(左端の軍服姿の人物)やロバート・オッペンハイマー(中央の帽子の人物)

実験の公表

トリニティ実験についての情報は、広島への原爆投下の後間もなく公表された。1945年8月12日に発表されたスマイス・リポートには、この爆発実験に関するいくつかの情報が書かれており、この文書のハードカバー版はプリンストン大学出版会から数週間後に出版された。この中には有名なトリニティ実験の泡状の火の玉を写した写真が掲載されている。

戦後間もなく、オッペンハイマーとグローヴズが実験塔の残骸のそばでポーズを取る写真が撮影された。この年、この写真はいわゆる「核の時代 (atomic age)」の始まりを告げる顕著な象徴となり、トリニティ実験は大衆文化の中でも取り上げられるようになった。


注釈

  1. ^ 1942年2月から1945年9月にかけて実施された標準時で、山岳部夏時間を通年で実施したもの。
  2. ^ 実験当日ニューメキシコ州の日の出は5時56分 (GMT-6)で、実験はその約30分前となるが、マンハッタン計画を扱ったドキュメンタリー、映画、ドラマの再現シーンでは天候も絡めた考証が一貫せず、爆発時に薄明るい、太陽が昇っている(2007年BBCのドキュメンタリー・ドラマ"Nuclear Secrets")、或いは真っ暗(2023年の映画『オッペンハイマー』)という違いが生じている。
  3. ^ エネルギー換算値はロスアラモス研究所の放射化学グループにより当初TNT換算 18.6±3.7 kt(87.5 テラジュール [TJ])とされた。その後、アメリカ・エネルギー省は 21±2 kt とした。2021年の研究における再検証では、この値は 24.8±2 kt に上方修正された。
  4. ^ この引用句についてはオッペンハイマー自身によるものや他の人々によるものを含めていくつかの異なる訳が存在する。この一節に関する最もよく知られた英訳はアーサー・ライダー英語版による以下のものである(オッペンハイマーは1930年代にカリフォルニア大学バークレイ校で彼からサンスクリット語を学んでいる)。 Death am I, and my present task / Destruction. (11:32) ギーターが1785年に初めて英訳されて以来、多くの翻訳者は "Death" ではなく "Time" という訳語を充てている。オッペンハイマーの引用句に関するより詳しい記述は1958年ロベルト・ユンク英語版による『Brighter than a Thousand Suns英語版』(日本語題『千の太陽よりも明るく』)からしばしば取られている。 If the radiance of a thousand suns / were to burst into the sky, / that would be like / the splendor of the Mighty One— / I am become Death, the shatterer of Worlds. この引用句やその翻訳のバリエーション、報告されている詩句の形についての詳しい議論は、James A. Hijiya, "The Gita of Robert Oppenheimer" Proceedings of the American Philosophical Society, 144:2 (June 2000). [1] を参照。
  5. ^ 引用された箇所の服部正明による日本語訳は以下の通り。 予は世界を滅亡せしめる熟した時(死)である。[29](11:32) ※「時」には「カーラ」とルビが振られている。英語版記事「Kāla (time)」を参照。
  6. ^ その後、フェルミはロスアラモスへの帰路に自分の体の反応がひどく鈍くなっている体験をした。そのため、普段は代わることのない運転を他人に頼まねばならなくなった。

出典

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