ゴビヒグマ 生態

ゴビヒグマ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/18 19:15 UTC 版)

生態

ゴビヒグマは、餌に乏しく、年間降水量は100乃至200ミリメートル以下、気温が夏は46、冬は-34℃になることもある、ゴビの過酷な環境に適応し、独特の生態を貫いている[1][7]。野生のフタコブラクダCamelus bacterianus ferus)と共に、GGSPAの生態系におけるアンブレラ種とみられる[1]。ヒグマの亜種らしく、冬季は巣穴で冬眠する。冬眠の時期は11月から2月・3月にかけてで、巣穴での様子などはよくわかっていない[11]。通常は1頭で行動し、基本的に夜行性だが、日中に活発に活動することもある[11]

食性

ゴビヒグマの餌となる植物の例。(左)キダチマオウEphedra equisetina)の苞葉 、(右)ダイオウのなかま(Rheum nanum)。

ゴビヒグマは、基本的には雑食性だが、餌の大部分は植物である。糞の分析から、最も多く摂取しているのがキダチマオウEphedra equisetina)で、次いでダイオウのなかま(Rheum nanum)、ニトラリア属英語版植物(Nitraria spp.)がよく食べられている[15]。他に、ヨシPhragmites)や野生のネギAllium spp.)などオアシスに自生する植物、虫やげっ歯類爬虫類、他の獣の死肉が餌として確認されている[11][15][3]。肉食が餌全体に占める割合は、1パーセント程度とみられる[11]。夏季にゴビヒグマが主に採食するのは、キダチマオウの苞葉やニトラリア属の果実である。晩夏から秋季にかけては、ダイオウの地下茎を主に採食している[15]

繁殖

ゴビヒグマの繁殖行動については、直接観察されておらず、わかっていないことが多い[11]。ゴビヒグマが一夫多妻か、一夫一妻かについても意見が分かれている[3]。メスが仔グマを産む頻度は、おそらく3年に1頭以下で、2頭の仔グマが同時に目撃されたことはあるが、標準的には一度に1頭の仔グマを育てるものと考えられている[11]。仔グマは、誕生から2年ないし4年母グマと行動を共にし、ゴビの過酷な環境で生き延びる術を学ぶものとみられる[7]。ゴビヒグマの体毛を採集し、21個体のDNAを分析した結果、ゴビヒグマの個体間における遺伝的多様性は、ヒグマの中でも特に低く、他地域のヒグマとの交流は皆無であること、近親交配が進んでいることが窺える[7]。野生のクマにおける近親交配の弊害は証明されていないが、繁殖成功率の低下や、病気、環境変化に弱くなるなどの影響が懸念されている[7][8]

個体数

ゴビヒグマの個体数の推定は、1960年代から2000年代初めまで、足跡や糞の収集、個体の視認など、観察に基づいて行われていた。公表された報告によれば、1960年代に15から20頭、1970年代に20頭前後、1980年代初めに20から25頭、1990年代には30頭前後、2000年代では少なくとも20頭、とされている[12]。1970年代以降の個体数は安定しているようにみえるが、モンゴル自然環境省(MNE)の見解はこれとは異なり、1980年代後半に50から60頭だったものが減少して、1990年代の水準になったとしている[11]。1960年代以前は、生息域が現在の2倍以上あったと推測されており、であれば生息数ももっと多かったとする仮説が一定の説得力を持つが、推定個体数がそれと一致していないことは、観察によって信頼できる生息数情報を得ることの難しさを示している[11]

2000年代以降は、無人カメラを使用した画像分析、発信機を取り付けての遠隔測定、体毛を採集してのDNA分析などで、より精度の高い個体数推定が行われるようになっている[12]。2008年から2009年に実施された調査結果の分析では、95パーセントの信頼区間で22頭から31頭が生息し、オスが14頭、メスが8頭含まれる、と結論付けられた[7]

複数の調査で、オスの方がメスより有意に多い個体数の偏りがみられ、メスが少ないことはゴビヒグマの長期的な存続にとって難題とされている[1][7]。いくつかの理由から、標本採取においてオスが補足されやすい観測の偏りがある可能性も指摘されるが、それが正しかったとしてもメスの少なさを否定するに足る程の影響は持たないとみられる[7]

いずれにせよ、40頭以下の生息数しかないとみられ、他所のヒグマから孤立しているゴビヒグマは、絶滅の危機に直面していることは確実と考えられる[7]


  1. ^ a b c d e f g h i j k l m “Proposal for the inclusion of the Gobi bear (Ursus arctos isabellinus) on Appendix I of the convention” (PDF), Convention on Migratory Spices / 12th meeting of the conference of the parties (UN environment), (2017-06-09), https://www.cms.int/sites/default/files/document/cms_cop12_doc.25.1.5_listing-proposal-gobi-bear-app%20I%20-mongolia_e.pdf 
  2. ^ a b c 黒輪篤嗣 訳『驚くべき世界の野生動物生態図鑑』日本語版監修 小菅正夫日東書院本社〈Penguin Random House〉、2017年6月30日、279頁。ISBN 978-4-528-02005-4 
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n Lhagvasuren, Badamjav; Mijiddorj, Batmunkj (2007), アジアのクマたち -その現状と未来-, 日本クマネットワーク, pp. 89-94, http://www.japanbear.org/report/report-1907.html 
  4. ^ a b 吉田順一「ゴビ砂漠」『日本大百科全書(ニッポニカ)』https://kotobank.jp/word/%E3%82%B4%E3%83%93%E7%A0%82%E6%BC%A0-65840 
  5. ^ a b ボン条約、COP12で34種の新たな保護対象生物を決定”. 環境展望台. 国立環境研究所 (2017年10月28日). 2021年11月9日閲覧。
  6. ^ “モンゴル” (PDF), 2006年アジアの環境重大ニュース, 財団法人 地球環境戦略研究機関, (2007), pp. 51-53, ISBN 978-4-88788-036-8, https://www.iges.or.jp/jp/publication_documents/pub/newsletter/jp/483/asianews2006j.pdf 
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o Tumendemberel, Odbayar; et al. (2015), “Gobi Bear Abundance and Inter-Oases Movements, Gobi Desert, Mongolia”, Ursus 26 (2): 129-142, doi:10.2192/URSUS-D-15-00001.1, http://www.jstor.org/stable/24643850 
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p Dulamtseren, S.; Baillie, J.E.M.; Batsaikhan, N. et al., eds. (2006), Summary Conservation Action Plans for Mongolian Mammals, Regional Red List Series, Compiled by Clark, E. L. & Munkhbat, J., London: Zoological Society of London, pp. 13-17, ISSN 1751-0031 
  9. ^ a b c d e f g Chadwick, Douglas (2012). “Golden Grizzlies of the Gobi”. Bare Essentials (Jan/Feb 2012): 100. http://bareessentialsmagazine.uberflip.com/i/71524-january-february-2012/99?. 
  10. ^ a b c d e f g h i j McCarthy, Thomas M.; Waits, Lisette P.; Mijiddorj, B. (2009), “Status of the Gobi Bear in Mongolia as Determined by Noninvasive Genetic Methods”, Ursus 20 (1): 30-38, http://www.jstor.org/stable/40588187 
  11. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w Balint, Peter J.; Steinberg, Jennifer (2003). “11 Conservation Case Study of the Gobi Bear”. In Badarch, Dendevin; Zilinskas, Raymond A.. Mongolia Today: Science, Culture, Environment and Development. Routledge. pp. 238-257. ISBN 9780700715985 
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r Luvsamjamba, Amgalan; et al. (2016), “Review of Gobi Bear Research (Ursus arctos gobiensis', Sokolov and Orlov, 1992)”, Arid Ecosystems 6 (3): 206-212, doi:10.1134/S2079096116030021, ISSN 2079-0961 
  13. ^ a b Batsaikhan, N.; et al. (2004), “Survey of Gobi Bear (Ursus arctos gobiensis) in Great Gobi &lquo;A&rquo; Strictly Protected Area in 2004”, Mongolian Journal of Biological Sciences 2 (1): 55-60, doi:10.22353/mjbs.2004.02.08, https://www.biotaxa.org/mjbs/article/view/26800 
  14. ^ Galbreath, Gary J.; Groves, Colin P.; Waits, Lisette P. (2007), “Genetic Resolution of Composition and Phylogenetic Placement of the Isabelline Bear”, Ursus 18 (1): 129-131, http://www.jstor.org/stable/20204076 
  15. ^ a b c Qin, Aili; et al. (2020), “Predicting the current and future suitable habitats of the main dietary plants of the Gobi Bear using MaxEnt modeling”, Global Ecology & Conservation 22: e01032, doi:10.1016/j.gecco.2020.e01032 
  16. ^ Great Gobi Biosphere Reserve, Mongolia”. UNESCO (2020年4月). 2021年11月9日閲覧。
  17. ^ a b c d e 山﨑晃司「4.1 ツキノワグマ個体群の現状を踏まえた状況と具体的保全策の検討」『四国のツキノワグマを守れ! —50年後に100頭プロジェクト— 報告書』日本クマネットワーク(JBN)、2020年3月、55-61頁。ISBN 978-4990323-06-6http://www.japanbear.org/report/report-2768.html 
  18. ^ Mandukhai, T. (2017年6月8日). “モンゴル初の衛星「マザーライ」が成功裏に発射、高さ400キロで世界一周”. MONTSAME. https://www.montsame.mn/jp/read/141155 2021年11月9日閲覧。 





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