エンジンオイル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/21 01:28 UTC 版)
オイル管理
エンジンオイルは、機械的圧力による分子の剪断(せんだん)、外気による酸化・ニトロ化、熱による重合、燃料やブローバイガスなどの混入・希釈により徐々に劣化する。劣化すると粘度が低下し、エンジン内部の油膜形成が出来なくなり保護性能が失われ、エンジンの故障につながる。そのため、劣化の度合いによりオイルの交換が必要となる。
添加剤配合量にもよるが、鉱物油では約110℃以上、化学合成油でも130℃以上で熱による化学変化などのオイル劣化が始まり、一度劣化したオイルは油膜保持性能や緩衝作用などの性能が低下し回復しない。
オイルの劣化度合いは、目で見る・触る等の簡単な方法で判断できるものではない。一般に指標とされる色の黒さは炭化物によるもので、清浄性や分散性とは直接関係しない。乗用車の場合、使用期間や走行距離(後述)によって交換時期が規定されているが、発電や産業用エンジンの場合、稼働時間で規定される場合が多い。
また、劣化だけでは無く、オイル量のチェックも必要である。エンジンに不具合が無くともオイル量は徐々に減少する(単純に燃料と共に燃焼されるほか、燃料とオイルそれぞれの成分が互いに溶け出して軽質分が燃焼される。特にガソリンエンジンでオイルの銘柄によって排気臭が変わるのはこのため。なお、LPG自動車や天然ガス自動車は燃焼方式はガソリンと共通なのでエンジンオイルも基本的に共用できるが、燃料にオイルの成分が溶け出さないためエンジンオイルによる排気臭はしない)ため、規定量より下回らないように適時補充する必要がある。ただし、一般的には減少量はわずかで、オイル交換時期までに補充を必要とする場合は少ない。大きく減少するようならばオイル漏れやオイル上がり、逆にオイル量が増えた場合は燃料や冷却水等の混入といったトラブルが予想される。ただし、ディーゼルエンジンの場合はDPFを再生させるためにポスト噴射(燃焼行程後の追加噴射)し燃料を触媒内で燃焼させる(すなわちアフターファイアーさせることと同じ)方式をする車種の場合、燃料の一部がシリンダー壁に付着してエンジンオイルを希釈するため構造上オイル量が増えざるを得なくなっているので、ディップスティックに通常の上限下限のみならず別途希釈上限が設けられており、その上限に抵触したら交換する必要がある。
自動車
オイル交換は、車両保証の観点でいえば、メーカーが規定しているエンジン使用期間や使用走行距離基準に応じて行うことが必要である。交換や点検管理をしていないと、エンジンオイルはエンジン内の全ての部位に関わるものであることから、エンジンにどんな不具合が生じた場合でも整備不十分によるものと見なされ本来の保証が受けられなくなることが想定される。
しかし、オイルに含まれる基油や添加剤の性状劣化特性からいえば、メーカーの指定交換時期は絶対的なものではなく、あくまで一般的使用条件を想定したものであり、油温やエンジン回転数、ブローバイの量などにより規定より劣化が早い・遅い使用条件も存在する。
メーカーは環境保護とメンテナンスフリーの観点から、以前よりエンジンのオイル容量を増やし、またオイル性能の高いものを使うことによってオイル交換間隔を長くし、オイル廃棄物の量も減らすロングドレーン化が要求されるようになった。この場合、メーカーが性能を認定したロングドレーンに対応したオイルを使用する必要がある。
メーカーは、劣化が早い使用条件としてエンジンオイル以外の消耗品も含めてシビアコンディション(後述)という参考基準を提示しており、概ね一般的な使用の半分の期間・距離での交換を推奨している。日本では夏季にエアコンを使用し渋滞やゴーストップが多い市街地での使用状態はシビアコンディションに相当する。
逆に、平坦地を法定速度付近の一定速度で淡々と長距離を走ることが多いような使用条件の場合、オイルの劣化は一般的使用条件よりも遅くなる。
また点検等でエンジンに不具合が発見され、原因を解決した後や、競技走行等でオイルが高温にさらされた後(後述)の場合にも、オイル交換が必要となる。
軽・普通自動車
軽自動車及び普通車の場合、一般的にオイル交換時期は、オイルの性能低下や量の減少を考慮し、またオイル廃棄物の環境負荷など多くの条件を考慮の上、自動車メーカーによって走行距離や使用期間が指定されている。オイルの劣化を直接判断することは難しいので、走行距離もしくは使用期間ベースとした基準は自動車においてほぼ共通したものとなっている。また、センサーによりオイルの状況を感知、またはエンジンの稼働時間などによってオイル交換の時期を指示する車両もある。なおトヨタ自動車ではオイル交換の目安について、ガソリン車(ターボ車除く)の標準交換時期を15,000km、または1年としている[3]。
- 【自然吸気エンジン】(直噴エンジン・ロータリーエンジンを除く)
- 交換後走行距離10,000から15,000km
- 交換後1年
- (上記の内、どちらかに達した時点で交換)
- 【過給機(ターボ・スーパーチャージャーなど)付きエンジン】
- 交換後走行距離5,000km
- 交換後半年
- (上記の内、どちらかに達した時点で交換)
シビアコンディションで使われた車の場合は概ねこの半分の期間での交換が指定されている。シビアコンディションの定義は、自動車メーカーにより多少の差異はあるが概ね、以下のように定義している。
- 一回の走行距離が、7.0km以下の繰り返しの場合(いわゆる、チョイノリ)。
- 登坂路等の高回転・高トルクを必要とする走行。
- 未舗装路等の粉塵の多い道路の走行。
環境保護を目的として、20,000から30,000kmと長い交換サイクルを指定する自動車もある。欧州車では酸化等の劣化が進みにくい特性を持つエンジンオイルを指定し、オイル容量を多くすることで、長期間使用できるようにしていることが多い。ただし、交換の距離は増えても、期間は大幅には増えていないことに注意が必要である。また、輸入車メーカーでも、天候や渋滞など使用環境の厳しい日本仕様では、交換距離を短くしている車種も多い。
これらの指定は保証期間内でエンジンに支障をきたさないために自動車メーカーとして定めた最低限の要求であり、オイル自体の劣化は徐々に進んでいる。そのため、メーカー指示値を最大として使用条件により早めに交換した方が良いという意見がある。しかし、現在は製造物責任法により取扱説明書の記述に欠陥がある場合は製造物の欠陥と同格に扱われることが規定されており、不具合に繋がる危険性を十分に排除した記載が製造者側に求められているだけでなく、廃棄物などの環境負荷の観点からも、指定交換時期は余裕を持って設定されているとの見解もある。
上記のように自動車メーカーが交換時期を定める一方、一部のオイルメーカーやガソリンスタンド、カー用品店、自動車整備工場等では3,000から5,000kmごとの交換を推奨している。その根拠として、3,000から5,000km程度走行するとエンジンの機械的な騒音が多少高くなることやオイルが汚れて黒くなること、更には特に日本において一般的な自動車ユーザの使用状態が低速・短距離側のシビアコンディションに該当する、などを挙げている。この騒音は機構上問題が無い程度のオイル粘度の低下が主であり、多少大きくなってもエンジンが故障するものではない。また、オイルが黒くなるのは清浄作用が働いているためであり、早くて1,000kmほどで黒くなる場合もある(ディーゼルエンジンの場合黒くなるのが早い場合がある)が、黒くなったからといっても直ちに性能が劣化しているとはいえない。これら言説では劣化状況の説明として不十分である。ほかに交換推奨距離を短くする理由として、摩耗防止性能が新油の7 - 8割程度に劣化する距離で設定している場合もある[4]。
これらの業者により、オイルの特性による正常な現象を故障に結び付く要因として消費者の不安を煽るような表現を用いた交換推奨が行われるのは、頻繁なオイル交換によるオイルそのものの拡販、来店頻度を増やすことによる整備用品拡販・整備業務受注の拡大を狙ったものという批判がある。オイルメーカーは、環境問題への配慮から交換時期を長期化したロングドレインオイルの開発が求められている。学術的研究としては長寿命化に取り組んでいながら、広報上は一般的取扱説明書記載時期よりかなり短期での交換を推奨をするオイルメーカーもあり、そうした不誠実な対応もこの疑惑を強めている。
使用者としては、車種毎に決められたオイル交換時期やシビアコンディションの定義を参考に、油量などの適切な点検を行った上でオイル交換の頻度を決めることになる。
- すすの出やすいガソリン直噴エンジンやロータリーエンジン、は、一般的なガソリンエンジンよりもエンジンオイルにとって厳しい条件となるため、短期間での交換が推奨されている場合が多い。また、専用純正オイルが用意されている場合もある[注 2]。また、ロータリーエンジンでは、専用のエンジンオイル(マツダ純正 シンセレネシス)が指定されている。
- 化学合成油の種類とオイルシール等の材質の相性によって、膨潤効果や収縮効果が異なるために油漏れを起こす場合がある。古典的な鉱物油を前提として設計されている旧車では、あえて鉱物油を選択する場合がある。
- エンジンオイル交換の際に上限を超えた量を注入すると、エンジン内部(クランク等)にオイルが干渉して内部抵抗が増え、燃費が悪化したりオイル中に気泡が発生してブローバイが増加し、エンジンオイルの寿命が縮まることがある。そのため、オイルは適正な量を充填しなければならない。
大型車
大型車の場合、エンジンオイルの交換間隔の設定が長い場合がある。これは、乗用車に比べてオイルの使用量が多いこと、相対的にエンジンが低回転域で運用が多いなどの理由がある。もちろん、使用説明書に従ってオイル交換は必要であることに変わりはない。
ディーゼル車
ディーゼルエンジンはガソリンエンジンより圧縮比が高く排気ガスにパーティクルや酸化物が多いためオイルの劣化が早い。国産メーカーのディーゼル車のオイル交換推奨距離は5,000km程度(トヨタ車)とガソリン車より短く設定されている。エンジンオイルの色は交換後でも早期に黒くなるが、オイル交換は色よりも走行距離や稼働時間で管理する。
最新のディーゼルエンジンでは燃料やオイルに含まれた硫黄や窒素が灰分となってDPFを詰まらせるために、こらを低減させた指定のオイルが必要である。このため、DPF装着車では。この問題への対策として日本技術会の規格であるDH-2規格のオイルを使用することが必須である。さらに新しい規格として軽量車向けのDL-1が存在するが、これは重量車向けのCF規格やDH規格(DH-1/DH-2)、また欧州向けのACEAのCカテゴリやEカテゴリの規格と基本的に互換性が無い(例:DL-1/DH-2/CF-4/C3/E9)。最新のディーゼルエンジンに使用するオイルについては取扱説明書の注意をよく確認する必要がある。
ディーゼルエンジンは、走行距離の多い長距離トラックなど営業車等に使われる場合が多く、オイルの交換頻度は車両の維持費、多忙な運転時間を割いての交換作業、台数が多ければ会社の経営に影響を与える。このため、ススの分散性、耐磨耗性を添加剤で補いロングドレン化を図ったオイルを使用することにより、高速道路での走行を主体とすることを前提に10万kmの交換間隔を指定している商品がある。
ディーゼルエンジンが多く使われている欧州では、環境保護と資源保護の観点からロングドレン可が進んでいる。例えば、フォルクスワーゲンの場合ガソリン車(VW504規格)30,000km/2年に対しディーゼル車(VW507規格)では最大で50,000km/2年となっている。
オートバイ(自動二輪車)
オートバイでは、4ストロークガソリンエンジンか2ストロークガソリンエンジンを搭載するものの2種類が一般的である。ロータリーエンジンやディーゼルエンジンを搭載するものは非常に稀である。ここでは一般的なガソリンエンジンについてのみ述べる。
4ストロークエンジンを搭載するオートバイでは、スクーター等の無段変速機装着車や、レース用車両等の乾式クラッチ装着車などを除き、エンジンオイルがトランスミッションやクラッチの潤滑や冷却を兼ねているため、排気量の割にオイル量が多い。オートバイ用エンジンは一般的な自動車用エンジンと比べて水冷式より空冷式が多いためオイルが高温となりやすく、また常用回転数が高く小型高出力のために劣化が早い傾向がある。これらの理由から、一般的な自動車よりも早い交換時期(1/2程度かそれ以上)が設定されている車種がある。また空冷式の大型車では、20W-50など粘度が非常に高いオイルが指定されている場合が多い。
なお湿式クラッチを採用するエンジンでは、自動車用では一般的な減摩剤によってクラッチの滑りが生じる場合がある。そういったトラブルを防ぐために、オートバイ専用オイルとして、自動車技術会の定めたMA,MA1,MA2,MBという4種類のJASO(日本自動車規格)と呼ばれる規格がある[5]。
2ストロークエンジンを搭載するオートバイでは、エンジンオイルをガソリンに混ぜて共に燃焼させる構造なので、オイルの成分が排気ガスの成分に影響しやすい。このため、潤滑性能に環境性能を含めた2ストロークエンジンオイルの性能の規格としてFB、FC、FDという3種類のJASO規格がある[6]。2ストロークエンジンでは、エンジンオイルと別にトランスミッションやクラッチを潤滑するオイル(ミッションオイルやギアオイルと呼ばれる)がエンジンに注入されており、これも定期的に交換する必要がある。ミッションオイルは4ストロークエンジンオイルより負荷が少なく、劣化する要因も少ないために、その交換時期は長めに設定されていることも多い。ただし、ミッションオイルに自動車用エンジンオイルを流用すると湿式クラッチで滑りが発生する場合がある。
スクーターでは湿式クラッチが使われていないので、自動車用エンジンオイルを使用しても粘度が指定範囲であれば不具合は起きない。
航空機
一般航空機
レシプロエンジン推進の航空機においては、オイル交換の時期は、各機体のメンテナンスマニュアルを参照する。
- ジェットエンジン規格
- 〈MIL-L-7808〉 ジエステル TYPE I
- (商品名)
- ESSO Turbo Oil 2389/2391
- Mobil RM 201A/248A
- Aeroshell Tubine Oil 308
- Stuffer E-6825
- Royal Lubricant co. Royco 808H
- (商品名)
- 〈MIL-L-23699〉 ポリオールエステル TYPE II
- (商品名)
- Mobil Jet Oil II
- ESSO Turbo Oil 2380
- Castrol 205
- Texaco 7388
- Sinclair Turbo S II
- Aeroshell Turbine Oil 500/550
- Stauffer Jet II
- (商品名)
- 〈MIL-L-7808〉 ジエステル TYPE I
注釈
出典
- ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、化学辞典 第2版 ほか『境界潤滑』 - コトバンク
- ^ 日興産業株式会社:潤滑油の基礎知識 > 自動車用潤滑油について > エンジンオイルの種類を参照
- ^ http://toyota.jp/after_service/tenken/about/maintenance/oilfilter/
- ^ カストロールなどのオイルパンフレットにおけるオイル性能曲線などを参照。
- ^ 詳細はJASOエンジン油規格普及促進協議会の「JASO 二輪車用4サイクル油」ページを参照のこと。
- ^ 詳細はJASOエンジン油規格普及促進協議会の「JASO 2サイクル油」ページを参照のこと。
エンジンオイルと同じ種類の言葉
固有名詞の分類
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