アラム語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/19 14:26 UTC 版)
音声
古代アラム語ではセム祖語以来の子音の区別は保たれていたと考えられる[11]。帝国アラム語以降、θ ð θʼ ɬ ɬʼ x ɣ がそれぞれ t d tʼ s ʕ ħ ʕ に合流した結果、後期アラム語では子音数は22になった。その一方で、子音弱化によって閉鎖音が摩擦音化した[12][13]。
セム祖語 | θ | ð | θʼ | ɬ | ɬʼ |
---|---|---|---|---|---|
アラム語 | t | d | tʼ (ṭ) | s | ʕ (ʿ) |
ヘブライ語 | š | z | sʼ (ṣ) | ɬ (ś) | sʼ (ṣ) |
アラビア語 | θ (ṯ) | ð (ḏ) | (ẓ)[14] | ɬ[15] | (ḍ)[14] |
とくに ɬʼ の咽頭音化は目立つ変化であり、セム祖語 ʔarɬʼ(地)は、ヘブライ語 ʔɛrɛsʼ(אֶרֶץ)に対してアラム語では ʔarʕaː になる[16](アラビア語では ʔarḍ( أرض))。
帝国アラム語以降、アクセントのない短母音の弱化が進み、後期アラム語では多くの方言で消失した[17]。中期アラム語以降、母音 e o が発生し、また母音の長短の区別が失われた。一部の方言ではさらに ɛ ɔ が発生して7母音になった[18]。7-9世紀になるとダイアクリティカルマークによる母音表記のシステムが地域ごとに4種類作られるが[19]、ティベリア式とネストリウス式では7母音、バビロニア式では6母音、ヤコブ派式では5母音の区別がなされる[20]。
文法
名詞・形容詞・分詞は性(男性・女性)、数(単数・複数)、および定性で変化する。格は区別されない[21]。
名詞・形容詞はヘブライ語と同様の絶対形と連語形(合成形、所属形)のほかに強調形が存在する。強調形は起源としては定冠詞 aː が後置された形であり[22]、古くは定性があることを示した。それに対して絶対形は不定のものを示し、連語形では限定する名詞によって定性が決定された。しかし、後期アラム語では強調形が定性の有無にかかわらず使われるようになり、絶対形と連語形は衰退した。ただし、形容詞および分詞においては絶対形が叙述用法の形として生き残った[21]。形容詞は修飾する名詞の後に置かれ、修飾する名詞と性・数・定性を一致させる。指示代名詞も後置される[23]。
人称代名詞は性・数・人称によって10通りの形が存在する。独立した人称代名詞のほかに接尾語形がある[24]。
動詞は二子音・三子音または四子音からなる語根があり、母音のパターンと接頭辞・接中辞によっていくつかの語幹が作られる(アラビア語の派生形と同様)。動詞は3つの人称と2つの性(一人称を除く)、2つの数によって人称変化する。完了形、不完了形、命令形、不定形、能動分詞、受動分詞があり、帝国アラム語までは指示形もあった。分詞とコピュラを組み合わせて複合時制が作られた。後期アラム語では完了形で過去を、分詞で非過去を、不完了形で目的や意志などを表すように変化した[25]。
語順は一定でないが、多くの方言ではVSO型がもっとも無標の形である。帝国アラム語ではアッカド語の影響によって、しばしば動詞が最後に置かれる[26]。主語は特に言う必要がなければ省略される。動詞は主語の人称・性・数に一致するが、主語が動詞に後置される場合はしばしば複数の主語に単数の動詞が使われたり、女性の主語に男性形の動詞が使われたりする。主語が前置される場合はこのような不一致はほとんど見られない[27]。
下位分類
紀元前3世紀頃から後のアラム語は2つのグループに分けられる。
- 西アラム語は、かつてアラビアのナバテア人、パルミラ人、サマリア人、パレスチナのキリスト教徒やアラム人ユダヤ教徒によって話された。現在は、シリアのマアルーラ (Ma'loula) 村など三つの村で話される現代西方アラム語を除いてまったく消滅している[28][29]。
- 東アラム語は、シリア語やマンダ語、現代アラム語などを含む。現代アラム語の話者はキリスト教・ユダヤ教・マンダ教徒などがあり、シリア・イラク・イラン・トルコ・グルジア・アルメニアで話されているが、いずれの土地でも宗教的弾圧を受け、多くの話者が移住を余儀なくされている。アラム語を話すユダヤ教徒の一部は、現代のイスラエルとロサンゼルスへ移住したが、アラム語を話す能力を失いつつある。キリスト教の聖書のアラム語版はシリア語の方言であり、現代のキリスト教徒によって話される主な言語にアッシリア現代アラム語(少数民族アッシリア人(スリョイェ)によって話され、「アッシリア語」とも呼ばれる)、カルデア現代アラム語がある。これらと大きく異なる言語にトゥロヨ語や最近絶滅した Mlahsô 語(英語版)がある。
- ^ The Aramaic Text in Demotic Script: The Liturgy of a New Year's Festival Imported from Bethel to Syene by Exiles from Rash – On JSTOR
- ^ Manichaean Aramaic in the Chinese Hymnscroll
- ^ 「アラム語」- ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
- ^ Creason (2004) p.391
- ^ Kaufman (1997) p.114-119
- ^ Creason (2004) p.392によると 950BC-600BC
- ^ Creason (2004) p.392 では700年までとする
- ^ Jastrow (1997) p.334
- ^ Jastrow (1997) p.347
- ^ “キリストが使った言語、内戦の影響で消滅の危機 シリア”. AFP (2019年7月20日). 2019年7月21日閲覧。
- ^ Kaufman (1997) p.119
- ^ Kaufman (1997) pp.119-120
- ^ セム祖語の形は Huehnergard (2004) p.142 に従う
- ^ a b アラビア語の ḍ ẓ(ظ ض)が本来どう発音されていたかには議論がある
- ^ 9世紀以降に今の音(ʃ)に変化した
- ^ Huehnergard (2004) p.144
- ^ Kaufman (1997) pp.120-121
- ^ Creason (2004) p.398
- ^ Creason (2004) p.394
- ^ Creason (2004) pp.399-400
- ^ a b Creason (2004) pp.402-403
- ^ Kaufman (1997) p.123
- ^ Creason (2004) pp.418-419
- ^ Creason (2004) pp.404-408
- ^ Creason (2004) p.411
- ^ Creason (2004) p.422
- ^ Creason (2004) p.421
- ^ AFPBB News 2008年5月19日【動画】キリストが話していた「アラム語」、21世紀に直面する消滅の危機
- ^ 川又一英「アラム語を話す村マールーラ」、国立民族学博物館(監修)『季刊民族学』89号、1999年7月20日
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