Keith Charles Foulkeとは? わかりやすく解説

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キース・フォーク

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/26 04:26 UTC 版)

キース・フォーク
Keith Foulke
ボストン・レッドソックス時代
(2004年10月30日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地 サウスダコタ州ラピッドシティ
生年月日 (1972-10-19) 1972年10月19日(53歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1994年 ドラフト9巡目でサンフランシスコ・ジャイアンツから指名
初出場 1997年5月21日
最終出場 2008年9月18日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

キース・フォークKeith Charles Foulke, 1972年10月19日 - )は、アメリカ合衆国サウスダコタ州ラピッドシティ出身の元プロ野球選手投手)。現役時代は主にクローザーを務めていた。

経歴

プロ入り前からジャイアンツ時代

ラピッドシティのエルスワース空軍基地で生まれ、テキサス州のハーグレーブ高校を卒業後、同じテキサスのガルベストン大学英語版へ進んだ。1993年にはデトロイト・タイガースから14巡目(全体389位)で指名されるが契約はせず[1]アイダホ州ルイスクラーク州立大英語版に移った1994年サンフランシスコ・ジャイアンツから9巡目(全体256位)で指名され6月3日に契約、プロとしてのキャリアをスタートする事になる[2]

その年は4試合の登板にとどまったが、翌1995年はアドバンストA級で28試合に登板し、防御率3.51、13勝6敗、翌1996年はAA級で27試合に登板し、防御率2.75、12勝7敗と好成績をおさめる。1997年はAAA級フレズノで12試合に登板したところでメジャーに昇格するが、手荒い洗礼を受けてしまう。ジャイアンツは7月31日のトレード期限にフラッグシップ・ディールを行い、先発投手ウィルソン・アルバレスダニー・ダーウィンとリリーフのロベルト・ヘルナンデスを獲得、フォークはボブ・ハウリーら5人と共にシカゴ・ホワイトソックスに放出された。

ホワイトソックス時代

ホワイトソックス移籍後リリーフにコンバートされ、ハウリーがクローザーとして育っていく中、主にセットアッパーをつとめていた。2000年にはシーズン途中からクローザーとなり、この年は34セーブを記録し、2001年は42セーブと順調に活躍する。

しかし2002年は5月末時点で防御率5.56、8セーブと安定感を欠き[3]、その後復調したもののトータル11セーブに終わった。チームとしてもアントニオ・オスナが11セーブ、ダマソ・マルテが10セーブとクローザーに悩まされた1年となった。シーズンオフの12月3日、ホワイトソックスは新たなるクローザーとしてビリー・コッチをマイナー2選手と共に獲得し、フォークと他2名プラス金銭をオークランド・アスレチックスに放出した。

アスレチックス時代

2003年は復活を果たし最多セーブのタイトルを獲得し、オールスターにも選出された。

レッドソックス時代

2004年はアスレチックスからFAとなっていたが、1月7日にボストン・レッドソックスと契約。安定した成績をおさめ、チームはア・リーグ東地区2位でポストシーズンへ進出する。ディビジョンシリーズではアナハイム・エンゼルス相手に2試合登板し、1セーブ、無失点と完璧に抑え、チームは3連勝でリーグチャンピオンシップシリーズへ進出、シリーズではヤンキース相手に5試合登板し、ここでも1セーブ、無失点と抑えきり、4勝3敗でセントルイス・カージナルスとの2004年のワールドシリーズへと駒を進める。ワールドシリーズでも全4試合に登板、防御率1.80、1勝1セーブと4連勝で1918年以来86年ぶりのワールドシリーズ制覇に貢献し胴上げ投手となる。ポストシーズントータルでは防御率0.64、1勝3セーブと完璧な内容であった[4]

2005年は膝の故障に悩まされ序盤から不調であった。7月6日にはDL入りし翌日には左膝の内視鏡手術を受ける。9月9日に戻ってきた時には既にマイク・ティムリンにクローザーの座を奪われた後だった。復帰後は10日ほどの間にわずか6.2イニングを投げただけでシーズンを終えてしまった。オフには右膝まで内視鏡手術を受けることとなった[5]

2006年は復活を待たれていたが、術後の両膝に加え右肘と背中にも不安があり、スプリングトレーニングでの成績も芳しくなかったため、チームは先発での起用を予定していたジョナサン・パペルボンをクローザーに起用し、自身は中継ぎで使われることとなった[6]。しかし6月13日には右肘の違和感でDL入りし、レッドソックスは2007年の契約オプション750万ドルを行使せずFAとなった。

アスレチックス復帰

2007年1月4日にクリーブランド・インディアンスと契約するが、肘の状態は思わしくなくスプリングトレーニング直前の2月16日に「身体が思うように反応しない」と語り引退を表明した[7]。しかし、復帰を考え9月に右肘の遊離軟骨除去手術を行い、復帰に向けてのトレーニングを開始。

2008年1月に行った入団テストには高い興味を示していたアスレチックス、アリゾナ・ダイヤモンドバックスをはじめ20数球団が視察に訪れ[8]、最終的にアスレチックスと年俸70万ドル、インセンティブ総額250万ドルで契約し[9]ヒューストン・ストリートへつなぐセットアッパーとして期待されていたが、同年限りで退団した。

独立リーグ時代

2009年は独立リーグ・アトランティックリーグニューアーク・ベアーズに入団しプレーした[10]。この年限りで現役を引退した。

選手としての特徴

直球は90mph(約145km)に満たないがチェンジアップを武器に打者を翻弄する [11]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1997 SF 11 8 0 0 0 1 5 0 -- .167 209 44.2 60 9 18 1 4 33 1 0 41 41 8.26 1.75
CWS 16 0 0 0 0 3 0 3 -- 1.000 117 28.2 28 4 5 1 0 21 0 0 11 11 3.45 1.15
'97計 27 8 0 0 0 4 5 3 -- .444 326 73.1 88 13 23 2 4 54 1 0 52 52 6.38 1.51
1998 54 0 0 0 0 3 2 1 -- .600 267 65.1 51 9 20 3 4 57 3 1 31 30 4.13 1.09
1999 67 0 0 0 0 3 3 9 21 .500 411 105.1 72 11 21 4 3 123 1 0 28 26 2.22 0.88
2000 72 0 0 0 0 3 1 34 3 .750 350 88.0 66 9 22 2 2 91 1 0 31 29 2.97 1.00
2001 72 0 0 0 0 4 9 42 0 .308 322 81.0 57 3 22 1 8 75 1 0 21 21 2.33 0.98
2002 65 0 0 0 0 2 4 11 8 .333 306 77.2 65 7 13 2 2 58 1 0 26 25 2.90 1.00
2003 OAK 72 0 0 0 0 9 1 43 0 .900 338 86.2 57 10 20 2 7 88 0 1 21 20 2.08 0.89
2004 BOS 72 0 0 0 0 5 3 32 0 .625 333 83.0 63 8 15 5 6 79 3 0 22 20 2.17 0.94
2005 43 0 0 0 0 5 5 15 1 .500 210 45.2 53 8 18 1 5 34 0 0 30 30 5.91 1.55
2006 44 0 0 0 0 3 1 0 14 .750 205 49.2 52 9 7 0 2 36 2 0 24 24 4.35 1.19
2008 OAK 31 0 0 0 0 0 3 1 8 .000 133 31.0 28 7 13 2 1 23 1 0 14 14 4.06 1.32
MLB:11年 619 8 0 0 0 41 37 191 55 .526 3201 786.2 652 94 194 24 44 718 14 2 300 291 3.33 1.08
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績



投手(P)












1997 SF 11 5 7 2 0 .857
CWS 16 1 4 0 1 1.000
'97計 27 6 11 2 1 .895
1998 54 1 8 2 0 .818
1999 67 5 13 1 0 .947
2000 72 7 3 0 1 1.000
2001 72 7 11 0 0 1.000
2002 65 6 6 0 1 1.000
2003 OAK 72 3 12 0 1 1.000
2004 BOS 72 5 11 0 1 1.000
2005 43 0 3 0 0 1.000
2006 44 1 5 1 0 .857
2008 OAK 31 3 0 0 0 1.000
MLB 619 44 83 6 5 .955

タイトル

表彰

記録

背番号

  • 38(1997年 - 同年途中)
  • 44(1997年 - 同年終了)
  • 29(1998年 - 2006年、2008年)

脚注

  1. ^ Draft Picks who came from Galveston College”. 2008年2月10日閲覧。
  2. ^ Draft Picks who came from Lewis-Clark State College”. 2008年2月10日閲覧。
  3. ^ 2002 Career Highlights:”. Mlb.com. 2008年2月10日閲覧。
  4. ^ 2004 Career Highlights:”. Mlb.com. 2008年2月10日閲覧。
  5. ^ 2005 Career Highlights:”. Mlb.com. 2008年2月10日閲覧。
  6. ^ Jonathan Papelbon – Profile of Boston Red Sox pitcher Jonathan Papelbon”. 2008年2月10日閲覧。
  7. ^ Keith Foulke”. Rotoworld.com. 2008年2月10日閲覧。
  8. ^ Reliever Keith Foulke back with Oakland”. USA TODAY.com. 2008年2月10日閲覧。
  9. ^ Keith Foulke”. Rotoworld.com. 2008年2月10日閲覧。
  10. ^ Save opportunity for former Red Sox closer Foulke”. The Boston Globe (2009年5月20日). 2021年9月21日閲覧。
  11. ^ KFFL - Article - Keith Foulke, CL, Boston Red Sox”. 2008年2月10日閲覧。

外部リンク


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