第2偵察隊
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| 第2偵察隊 | |
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観閲行進
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| 創設 | 1951年(昭和26年)5月1日 |
| 所属政体 | |
| 所属組織 | |
| 編制単位 | 隊 |
| 兵科 | 機甲科 |
| 所在地 | 北海道 名寄市 |
| 編成地 | 美幌 |
| 上級単位 | 第2師団 |
| 担当地域 | 道北 |
第2偵察隊(だいにていさつたい、JGSDF 2nd Reconnaissance Unit)は、陸上自衛隊名寄駐屯地(北海道名寄市)に駐屯する第2師団隷下の機甲科(偵察)部隊である。
概要
第2偵察隊は、事態発生時には師団長の状況判断に資する情報を得るため、速やかに広範多岐に展開して情報収集活動を実施する。最前線において監視・潜入などの任務を有するため、レンジャー、冬季遊撃レンジャー、部隊スキー指導官、部隊格闘指導官などの資格保有者が多い部隊であり[1]、主に夏季はオートバイ、軽装甲機動車及び87式偵察警戒車などを、冬季は軽雪上車(スノーモービル)及び大雪上車などを使用して任務にあたる[1]。
沿革
- 1951年(昭和26年)
- 1951年(昭和26年)5月1日:第2管区隊編成により第2偵察中隊が美幌駐屯地に新編[2]。
- 1952年(昭和27年)1月25日:第2偵察中隊が美幌駐屯地から遠軽駐屯地へ移駐[2]。
- 1953年(昭和28年)1月15日:第2偵察中隊が遠軽駐屯地から旭川駐屯地へ移駐[2]。
- 1954年(昭和29年)5月12日:第2偵察中隊が旭川駐屯地から名寄駐屯地へ移駐[2]。
- 1955年(昭和30年)4月11日:第2偵察中隊が第3普通科連隊に配属[3]。
- 1956年(昭和31年)4月1日:第2偵察中隊が第3普通科連隊の配属を解かれる。
- 1962年(昭和37年)1月18日:第2偵察中隊が第2偵察隊に称号変更。
- 1974年(昭和49年)3月26日:レーダー班を新編[2]。
- 1988年(昭和63年)3月25日:本部付隊、電子偵察小隊を新編[2]。
- 1993年(平成5年)3月30日:C班を新編、小隊本部を改編[2]。
- 2008年(平成20年)3月26日:後方支援体制変換に伴い、整備部門を第2後方支援連隊第2整備大隊偵察直接支援小隊へ移管。
- 2012年(平成24年)4月:第4偵察小隊を新編[2]。
部隊編成
- 第2偵察隊本部
- 本部付隊:82式指揮通信車
- 電子偵察小隊:地上レーダ装置1号(改) JTPS-P23
- 第1偵察小隊:87式偵察警戒車、軽装甲機動車、偵察用オートバイ
- 第2偵察小隊:87式偵察警戒車、軽装甲機動車、偵察用オートバイ
- 第3偵察小隊:87式偵察警戒車、軽装甲機動車、偵察用オートバイ
- 第4偵察小隊:87式偵察警戒車、軽装甲機動車、偵察用オートバイ
※装備車両の部隊表示は、全て「2偵」
整備支援部隊
- 第2後方支援連隊第2整備大隊偵察直接支援小隊「2後支-2整-偵」(名寄駐屯地):2008年(平成20年)3月26日から
主要装備
- 87式偵察警戒車
- 軽装甲機動車
- 地上レーダ装置1号(改) JTPS-P23
- 偵察用オートバイ
- 1/2tトラック / 73式小型トラック
- 1 1/2tトラック / 73式中型トラック
- 3 1/2tトラック / 73式大型トラック
- 軽雪上車
- 89式5.56mm小銃
災害派遣
脚注
- ^ a b “部隊概要”. 2026年1月1日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j “第2偵察隊の沿革”. 2026年1月1日閲覧。
- ^ “第3普通科連隊の歴史”. 第3普通科連隊公式ホームページ. 2020年3月2日閲覧。
- ^ 東日本大震災に対する第2師団所在部隊の災害派遣活動
- ^ 東日本大震災第2師団活動記録 3月20日の活動状況
- ^ 東日本大震災第2師団活動記録 4月23日の活動状況
- ^ 東日本大震災第2師団活動記録 5月18日の活動状況
- ^ 東日本大震災第2師団活動記録 6月4日の活動状況
参考文献
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出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。
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- 日本の機甲六十年(機甲会「日本の機甲六十年」刊行会 編・1985年)
- 陸上自衛隊機甲科全史 菊池征男著 イカロス出版 2017
関連項目
外部リンク
- 第2偵察隊のページへのリンク