カラチャイ・チェルケスの首長
(Head of Karachay-Cherkessia から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/19 17:15 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動カラチャイ・チェルケスの首長(カラチャイ・チェルケスのしゅちょう)は、ロシア連邦内カラチャイ・チェルケス共和国における政府の最高位の官職である。クレムリンより任命される。
歴代首長一覧
本項ではカラチャイ・チェルケス共和国の前身にあたるカラチャイ・チェルケス自治州、カラチャイ自治州、チェルケス民族管区、チェルケス自治州、カラチャイ・チェルケス・ソビエト社会主義共和国における最高職も含めている。
ソ連時代
事実上の首長
代 | 肖像 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | 備考 | |
---|---|---|---|---|---|---|
ロシア共産党(ボリシェヴィキ)カラチャイ・チェルケス自治州担当組織局 責任書記[1] | ||||||
1 | アレクサンドル・セリヴァノフ | 1922年1月30日 | 1923年10月 | |||
2 | ダウト・グテクロフ | 1923年10月 | 1925年1月 | |||
ロシア共産党(ボリシェヴィキ)/ 全連邦共産党(ボリシェヴィキ)[注 1]カラチャイ・チェルケス自治州[注 2] 州委員会 責任書記[1] | ||||||
1 | I・G・イサキン | 1925年1月 | 1926年4月 | |||
全連邦共産党(ボリシェヴィキ)北カフカース地方委員会カラチャイ自治州担当組織局 責任書記[3] | ||||||
1 | A・P・サヴェリエフ | 1926年4月20日 | 1927年1月 | |||
全連邦共産党(ボリシェヴィキ)カラチャイ自治州 州委員会 責任書記[3] | ||||||
1 | A・P・キセリョフ | 1927年1月 | 1927年11月 | |||
2 | P・I・マカロフ | 1927年11月 | 1929年3月 | |||
3 | S・V・ノソフ | 1929年3月 | 1930年8月 | |||
4 | ミレフ | 1930年8月 | 1931年1月 | |||
5 | スヴェトリチヌイ | 1931年1月 | 1932年1月 | |||
全連邦共産党(ボリシェヴィキ)カラチャイ自治州[注 3] 州委員会 第一書記[3] | ||||||
6 | アンドレイ・エフセーエフ | 1932年1月 | 1934年4月 | |||
7 | ウスマンハン・イシャホジャエフ | 1934年4月 | 1934年8月 | |||
8 | ゲンリフ・マウレル | 1934年8月 | 1936年9月 | |||
9 | ポタペンコ | 1936年9月 | 1937年 | |||
10 | ハサン・アッパエフ | 1937年5月 | 1937年9月 | |||
11 | ![]() |
イブラギム・テミロフ | 1937年9月 | 1939年10月 | ||
12 | サイド=ウマル・トカエフ | 1939年10月 | 1941年10月 | |||
13 | マクシム・ロマンチュク | 1941年10月 | 1942年8月28日 | 在任中に死去。 | ||
14 | ニコライ・シチェピン | 1943年1月 | 1943年5月 | |||
15 | サイド=ウマル・トカエフ | 1943年5月 | 1943年10月 | |||
全連邦共産党(ボリシェヴィキ)チェルケス管区 / チェルケス自治州[注 4] 州委員会 責任書記[4] | ||||||
1 | アレクサンドル・キセリョフ | 1927年2月 | 1929年10月 | |||
2 | シュクロフ | 1929年11月 | 1930年4月 | |||
3 | N・G・ボイコ | 1930年4月 | 1932年4月 | |||
全連邦共産党(ボリシェヴィキ)/ ソビエト連邦共産党[注 5]チェルケス自治州 / カラチャイ・チェルケス自治州[注 6] 州委員会 第一書記[4] | ||||||
4 | イヴァン・クラフツォフ | 1932年4月 | 1935年6月 | |||
5 | アブベキル・アルグノフ | 1937年6月 | 1937年9月 | |||
6 | ![]() |
シャヒム・テンギソフ | 1937年11月 | 1938年5月 | ||
7 | ヴァシリー・ボルゾフ | 1938年6月 | 1940年3月 | |||
8 | ゲンナジー・ヴォロビヨフ | 1940年3月 | 1942年12月 | 在任中に死去。 | ||
代行 | フョードル・ソロヴィヨフ | 1942年12月 | 1943年2月 | |||
9 | ピョートル・ザラガゾフ | 1943年2月 | 1948年10月 | |||
10 | セルゲイ・ポストヴァロフ | 1948年10月 | 1949年12月 | |||
11 | ヴァシリー・イエヴレフ | 1949年12月 | 1952年9月 | |||
12 | ヴァシリー・フィルソフ | 1952年9月 | 1957年1月 | |||
13 | アレクセイ・ヴァシコフ | 1957年1月 | 1957年12月 | |||
14 | ヴァシリー・アントーノフ | 1957年12月 | 1961年4月 | |||
15 | ニコライ・ルィジン | 1961年4月 | 1968年7月12日 | |||
16 | フョードル・ブルミストロフ | 1968年7月12日 | 1975年6月25日 | |||
17 | フセヴォロド・ムラホフスキー | 1975年6月25日 | 1978年12月16日 | |||
18 | アレクセイ・インジエフスキー | 1978年12月16日 | 1988年5月21日 | |||
19 | ヴァレンチン・レスニチェンコ | 1988年5月21日 | 1991年7月20日 |
法令上の首長
代 | 肖像 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | 所属政党 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
カラチャイ・チェルケス革命委員会議長[1] | ||||||
1 | ![]() |
ウマル・アリエフ | 1922年1月30日 | 1922年11月 | ロシア共産党(ボリシェヴィキ) | |
カラチャイ・チェルケス自治州 / カラチャイ自治州 州ソビエト執行委員会議長[3] | ||||||
1 | クルマン=アリ・クルジエフ[1] | 1922年12月 | 1926年5月 | ロシア共産党(ボリシェヴィキ) | ||
2 | マゴメト・バッチャエフ | 1926年5月 | 1927年 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
3 | クルマン=アリ・クルジエフ | 1927年 | 1928年 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
4 | オスマン・ハチロフ | 1928年 | 1929年 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
5 | ベクムルザ・シャマノフ | 1929年 | 1932年 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
6 | フセイン・アイバゾフ | 1932年 | 1934年 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
7 | クルマン=アリ・クルジエフ | 1934年 | 1936年6月12日 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
8 | カスィム・ボタシェフ | 1936年 | 1937年 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
代行 | アフメト・チェックエフ | 1937年 | 1937年 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
9 | マゴメト・チョッチャエフ | 1937年 | 1939年 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
10 | ボリス・イサコフ | 1939年 | 1942年3月 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
11 | ![]() |
イブラギム・テミロフ | 1942年3月 | 1943年10月 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | |
チェルケス管区 執行委員会議長 / チェルケス自治州 / カラチャイ・チェルケス自治州 州ソビエト執行委員会議長[4] | ||||||
1 | ハムシク・カンビエフ | 1937年 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | |||
2 | アダメイ・アクバシェフ | 1942年12月 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | |||
3 | アレクセイ・ブエヴェロフ | 1945年 | 1947年 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
4 | セルゲイ・ウスチノフ | 1947年 | 1948年 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
5 | アフメド・ゲドゥイグシェフ | 1949年 | 1951年 | 全連邦共産党(ボリシェヴィキ) | ||
6 | ザミフシェリ・カルダノフ | 1952年 | 1964年 | ソビエト連邦共産党 | ||
7 | ![]() |
マゴメト・ボタシェフ | 1964年 | 1979年3月 | ソビエト連邦共産党 | |
8 | ![]() |
ウラジーミル・フビエフ | 1979年3月 | 1992年1月13日 | ソビエト連邦共産党 | |
カラチャイ・チェルケス自治州 / カラチャイ・チェルケスSSR[注 7] 州ソビエト議長[4] | ||||||
1 | ![]() |
ヴァレンチン・レスニチェンコ | 1990年3月22日 | 1991年8月9日 | ||
2 | ![]() |
ヴィクトル・サヴェリエフ | 1991年8月9日 | 1993年1月30日 |
ロシア連邦時代
代 | 肖像 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | 所属政党 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
![]() |
||||||
1 | ![]() |
ウラジーミル・フビエフ | 1992年1月13日 | 1999年5月24日 | ||
代行 | ![]() |
イーゴリ・イヴァノフ | 1999年5月24日 | 1999年9月14日 | ||
2 | ![]() |
ウラジーミル・セミョーノフ | 1999年9月14日 | 2000年9月 | ||
![]() |
||||||
1 | ![]() |
ウラジーミル・セミョーノフ | 2000年9月 | 2003年9月4日 | ||
2 | ![]() |
ムスタファ・バトドゥイエフ | 2003年9月4日 | 2008年9月4日 | 無所属 | |
3 | ![]() |
ボリス・エブゼーエフ | 2008年9月4日 | 2011年2月26日 | 無所属 | |
4 | ![]() |
ラシド・テムレゾフ | 2011年3月1日 | 2011年4月7日 | 2011年2月26日から代行。 | |
![]() |
||||||
4 | ![]() |
ラシド・テムレゾフ | 2011年4月7日 | (現職) | 2016年2月27日から9月18日まで代行。 |
脚注
注釈
出典
- ^ a b c d e “Карачаево-Черкесская автономная область”. Справочник по истории Коммунистической партии и Советского Союза 1898 - 1991. knowbysight.info. 2020年4月20日閲覧。
- ^ “Якутский областной комитет РКП(б) - ВКП(б) - КПСС - Якутский республиканский комитет КП РСФСР”. Справочник по истории Коммунистической партии и Советского Союза 1898 - 1991. knowbysight.info. 2020年4月20日閲覧。
- ^ a b c d e “Карачаевская автономная область”. Справочник по истории Коммунистической партии и Советского Союза 1898 - 1991. knowbysight.info. 2020年4月20日閲覧。
- ^ a b c d e f g h “Черкесский национальный округ - Черкесская автономная область - Карачаево-Черкесская автономная область - Карачаево-Черкесская Советская Социалистическая Республика”. Справочник по истории Коммунистической партии и Советского Союза 1898 - 1991. knowbysight.info. 2020年4月20日閲覧。
「Head of Karachay-Cherkessia」の例文・使い方・用例・文例
- Microsoftがβ版をランチするのは「NetShow streaming server」で動画や音声をオンデマンドで提供する。
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 an admiral of the fleet 海軍元帥.
- 篏入的 r 音 《英音の India office /ndiərfɪs/の /r/の音》.
- =《口語》 These kind of stamps are rare. この種の[こういう]切手は珍しい.
- (英国の)運輸省. the Ministry of Education(, Science and Culture) (日本の)文部省.
- は of の誤植です.
- を off と誤植する.
- あいまい母音 《about, sofa などの /ə/》.
- 副詞的小詞 《on, in, out, over, off など》.
- 迂言的属格 《語尾変化によらず前置詞によって示す属格; たとえば Caesar's の代わりの of Caesar など》.
- çon of garlic [humor]. それにはガーリック[ユーモア]がちょっぴり必要だ.
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 the Speaker of the House of Commons 下院議長.
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 the Committee of Ways and Means 歳入委員会.
- 初めて読んだ英文小説は“The Vicar of Wakefield”
- (違法罪―a sin of commission―に対する)怠惰罪
- 『each』、『every』、『either』、『neither』、『none』が分配的、つまり集団の中の1つのものを指すのに対し、『which of the men』の『which』は分離的である
- 『hot off the press(最新情報)』は『hot(最新の)』の拡張感覚を示している
- 『Each made a list of the books that had influenced him』における制限節は、リストに載った本を制限節で定義された特定の本だけに制限する
- 臨床的鬱病を治療するのに用いられる三環系抗鬱薬(商品名ImavateとTofranil)
- 『sunshine-roof』は『sunroof(サンルーフ)』に対する英国の用語である
- Head of Karachay-Cherkessiaのページへのリンク