1974年の合併と南海白浜急行バスの誕生
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/12 18:17 UTC 版)
「南海白浜急行バス」の記事における「1974年の合併と南海白浜急行バスの誕生」の解説
1974年、南海バスと白浜急行バスは合併し、新たに南海白浜急行バスが創設された。同社は白浜発着の長距離路線を中心に運行し、また白浜地区では明光バスとの壮絶な覇権争いを繰り広げていた。 バスの車体は白地に下部に紺色、その他朱色の帯を巻いた塗装で、それ以前には白と紺のみの車両も存在した。これらの塗装は分離後、御坊南海バスは緑系のカラーに(さらにその後Nカラーと呼ばれる現在の塗装に)、和歌山南海観光バスは、南海グループの貸切事業に使われるバス共通の、白地に橙と黄色のカラーリングに変更された。また、御坊南海バスにおいても貸切部門の車両はこのカラーリングとなっている。 1984年に、南海白浜急行バスは社名消滅。会社は先述の二社に分離された。また、同社の代名詞ともいえた白浜までの長距離路線は消滅した。 御坊南海バスは、和歌山市駅前~湯浅間のバス路線(うち和歌山市駅から海南駅前間は和歌山バス・大十バスの路線と同ルートを辿る)を運行していたが、これは南海白浜急行バスの白浜線の路線の一部である。分離当初は御坊まで運転していた。
※この「1974年の合併と南海白浜急行バスの誕生」の解説は、「南海白浜急行バス」の解説の一部です。
「1974年の合併と南海白浜急行バスの誕生」を含む「南海白浜急行バス」の記事については、「南海白浜急行バス」の概要を参照ください。
- 1974年の合併と南海白浜急行バスの誕生のページへのリンク