鹿児島水産専門学校_(旧制)とは? わかりやすく解説

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鹿児島水産専門学校 (旧制)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/13 05:57 UTC 版)

鹿児島水産専門学校
(鹿水専)
創立 1946年
所在地 鹿児島市
初代校長 山本清内
廃止 1951年
後身校 鹿児島大学
同窓会 魚水会

鹿児島水産専門学校 (かごしますいさんせんもんがっこう) は、1946年昭和21年) 4月に設立された官立の旧制専門学校

概要

  • 日本国内 (内地) では函館に次いで 2番目の水産専門学校として設立された。
  • 本科 (修業年限3年) に漁業科、水産製造科、水産経営科の 3科を設置した。
  • 学制改革により新制鹿児島大学に包括され、水産学部となった。
  • 同窓会は 「魚水会」 (ぎょすいかい) と称し、旧制・新制合同の会である。

沿革

  • 1946年4月: 勅令第205号[1]により官立鹿児島水産専門学校創設。
    • 本科 (修業年限3年) に漁業科、水産製造科、水産経営科の 3科を設置。増殖科は物資難のため開設せず。
  • 1947年3月: 運輸省より練習船 「曙丸」(875.75トン) が移管。
  • 1947年12月: 大蔵省より実習船 「金毘羅丸」(11.2トン)[2] が移管。
  • 1948年5月: 練習船 「新潮丸」(105トン) 就航 (1954年2月廃船)。
  • 1949年3月: 実習船 「金毘羅丸」 を改装し、「隼人丸」 と改称 (1956年10月沈没)。
  • 1949年5月: 新制鹿児島大学発足、鹿児島大学鹿児島水産専門学校として包括される。
    • 旧制鹿水専は水産学部 (漁業学科、水産製造学科) の母体となった。
  • 1949年6月2日: 昭和天皇が学校を訪問(昭和天皇の戦後巡幸[3]
  • 1950年8月: 練習船 「曙丸」 廃船、「かごしま丸 (初代)」(628.4トン) 就航。
  • 1951年3月: 鹿児島大学鹿児島水産専門学校、廃止。

歴代校長

  • 山本清内 (1946年5月 - 1951年3月)
    • 前・函館水産専門学校教授。鹿児島大学水産学部 初代学部長。

著名な出身者

鹿児島大学の人物一覧を参照。

校地

鹿児島市下荒田の校地は、旧・鹿児島商船学校1908年5月に鹿児島県立商船学校として開校、1939年8月に官立移管、1946年2月廃校) から引き継いだもので、廃止まで使用された。同校地は後身校の鹿児島大学水産学部に引き継がれた。1951年10月、ルース台風で校舎倒壊など大きな被害を出したが復興し、同学部は現在も同校地を使用し続けている。

関連事項

脚注

各書籍の詳細は、#関連書籍を参照。

  1. ^ 鹿児島大学水産学部の沿革 および 『鹿児島大学三十年史』 による。
  2. ^ 鹿児島大学水産学部の沿革による。『鹿児島大学五十年史』 では 「金平丸」(1.56トン) とされている。
  3. ^ 宮内庁『昭和天皇実録第十』東京書籍、2017年3月30日、857頁。ISBN 978-4-487-74410-7 

関連書籍

  • 鹿児島大学五十年史編集委員会(編) 『鹿児島大学五十年史』 鹿児島大学、2000年5月。
  • 鹿児島大学三十年史編集委員会(編) 『鹿児島大学三十年史』 鹿児島大学、1980年12月。

外部リンク





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