預言者たちと救済史観
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/03 14:51 UTC 版)
「ユダヤの神話」の記事における「預言者たちと救済史観」の解説
ダビデ・ソロモン王朝は繁栄を極めるが、小作農と地主・貴族階級との分離が進み社会矛盾が噴出するようになった。また、周辺国家との軋轢は継続し、外患は絶えなかった。そのような中で、預言者たちが現れて民に代わって王たちの政治を批判するようになる。また、預言者たちは、カナン土着信仰が持ち込まれることでヤーウェの宗教が冒涜されているとして、鋭い警告を発するようになる。 カナンの土着信仰とは男神バール信仰、女神アシェラ信仰であったり、エル信仰などであるが、これらは農作物の豊穣を約束する神であり、定住して農業と交易で生活するようになったイスラエル人にとっては、ごく自然な混宗であったろうと想像される。イスラエル部族神としてのヤーウェは戦いの神としての性格が強く、豊穣を約束する神では無かったからである。しかし、預言者たちはそうした混宗を認めず、ヤーウェ信仰の純化を厳しく王と民衆に求めた。 預言者たちの活躍にもかかわらず、ユダヤ・イスラエル人たちは苦渋の歴史を歩むことになる。紀元前721年に北イスラエル王国はアッシリアに攻められて滅び、紀元前586年に南ユダ王国はバビロンに征服され、捕囚とされる。そのような苦難の中で、救済史観が形成されて行くことになる。すなわち、イスラエル民族の苦難は神との契約を裏切った結果であり、人々が神との契約に立ち戻ることによってイスラエル民族は救われるとする。
※この「預言者たちと救済史観」の解説は、「ユダヤの神話」の解説の一部です。
「預言者たちと救済史観」を含む「ユダヤの神話」の記事については、「ユダヤの神話」の概要を参照ください。
- 預言者たちと救済史観のページへのリンク