長崎大学への復職
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2013年2月4日、長崎大学から将来の学長候補として復帰の要望が出されていたこともあり、山下が休職中の長崎大大学院医歯薬学総合研究科教授に復帰し、福島県立医科大学では常勤職ではなく非常勤職で副学長を務めることが明らかになった。 4月1日、山下は長崎大学に復職して同大学副学長となった。また、同日には長崎大原爆後障害医療研究所が開所した。 4月2日には記者会見し、「福島の住民は、長期の避難生活による生活習慣病や低線量被曝にさらされており、大変な状況は今も続いている。専門家や市民が寄り添い支援を強化していきたい」、「低線量被曝の研究に力を入れるとともに、被曝医療を専門とする医師や看護師の育成に努めたい」と述べた。また、福島県立医科大学副学長は非常勤で続け、放射線リスク管理アドバイザーも続けることが報じられた。 「福島原発告訴団」の告訴については「健康の権利を阻害している訳でも、避難する方々を阻止した訳でもない。怒り、不平不満は受けるが対応が間違っているとは思わない」と反論した。
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