長勢とは? わかりやすく解説

ちょうせい〔チヤウセイ〕【長勢】

読み方:ちょうせい

1010〜1091]平安中期仏師定朝(じょうちょう)の弟子円派の祖。法勝寺造仏の功で仏師として初め法印叙せられた。広隆寺日光・月光菩薩十二神将像現存


ちょうせい 【長勢】

チョウゼイとも。仏師定朝弟子円派三条仏所)の祖とされ、広隆寺日光・月光菩薩像など有名。(一〇一〇九一)→ 定朝

長勢

読み方
長勢ながせ

長勢

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/04/16 13:41 UTC 版)

長勢(ちょうせい、寛弘7年(1010年) - 寛治5年11月9日1091年12月21日))は、平安時代中期の仏師円派の祖。定朝の弟子。仏師初の法印

初め定朝の弟子だったと伝えられる。長勢の仏師としての事績はまず、康平7年(1064年)に広隆寺の日光・月光菩薩立像(重要文化財)、及び同寺の十二神将立像(国宝)を造立したことが挙げられる(『広隆寺来由記』)。また長勢は、法成寺天喜6年=1058年に焼失していた)の再興にも参加し、治暦元年(1065年)に金堂の造仏賞として、法橋に叙された。延久2年(1070年)には円宗寺金堂の造仏をも担当し、高さ二丈の毘盧遮那仏、一丈六尺の薬師如来一字金輪、その他梵天帝釈天四天王の、合わせて9体の巨像群を同年10月から12月末にかけてのわずか2ヶ月間で作り上げ、大仏師覚如(円宗寺講堂の造仏を担当)とともに法眼に叙せられた。長勢の最も名高い業績は法勝寺の造仏で、まず講堂・阿弥陀堂の諸仏によって承暦元年(1077年)法印に昇叙され、応徳2年(1085年)に常行堂九体阿弥陀仏も造立した。寛治5年11月9日、82歳で没した。

作品

弟子




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