遺体捜索活動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/16 05:06 UTC 版)
「アメリカン航空11便テロ事件」の記事における「遺体捜索活動」の解説
ワールドトレードセンターに集まっていたレスキュー隊は、崩壊当日から犠牲者の捜索活動を開始した。捜索の過程において、飛行機の座席と思われる残骸に拘束された状態の遺体が見つかったほか、両手が拘束された客室乗務員の遺体も発見された。これにより、ハイジャッカーがプラスチック手錠を使用した可能性があることが判明した。 収容された遺体については身元確認作業がすすめられ、AA11便の犠牲者のうち33人の身元が1年以内に特定された。2003年3月には、AA11便のハイジャック犯のうち2名の遺体が確認され、遺族感情に配慮してメモリアルパークの外へそれらの遺体が移された。 残りのハイジャッカーの遺体片は特定に至らず、身元不明の遺体とともにメモリアルパークに埋葬されている。 2005年2月23日、ニューヨーク市の検死官事務所は鑑定作業の終了を発表した。同事務所によると、この時点までに倒壊現場から19,916個の遺体片が回収された。歯形や指紋の照合やDNA鑑定によって身元確認が行われた。全犠牲者は2749人のうち鑑定終了までに遺体が確認できたのは1,588人にとどまり、科学技術が進歩した際に作業が再開できるよう、身元不明の遺体片9,720個は厳重に保管された。その後も、新たに身元が確認されたり遺体片が発見されたりしている。2006年には、遺族から提供されたDNAサンプルを利用して、AA11便のフライトパーサーを含む3名の犠牲者の身元が判明した。一方で新たな遺体片も発見されており、この時点で遺体が確認できた犠牲者は1,601人で、全20,808個の遺体片に対して身元が判明したのは10,957個であった。 翌年の4月にも、新たなDNA検査技術によってAA11便の犠牲者1名の遺体が特定された。
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