興津清見寺とは? わかりやすく解説

興津清見寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/12 05:45 UTC 版)

朝鮮通信使遺跡」の記事における「興津清見寺」の解説

詳細は「清見寺」を参照 清見寺奈良時代創建伝え古刹で、徳川家歴代崇敬受けた。寺は三保の松原を望む景勝の地にあり、庭園国の名勝指定されている。また寺に伝わる朝鮮通信使関係資料69点は、2006年平成18年)に静岡県指定有形文化財歴史資料)に指定された。 清見寺慶長12年1607年)の第1回寛永元年1624年)の第3回通信使の宿舎となった第2回通信使は京都まで引き返したため、興津通っていない)。第4回からは使節江尻宿宿泊したが、第6・810・11回の使節清見寺にも立ち寄っている。 寺の総門の「東海名區」の扁額第10回通信使の通事玄徳潤(錦谷)の書。鐘楼掛かる瓊瑤世界」の扁額第5回通信使の安期(山)の書である。

※この「興津清見寺」の解説は、「朝鮮通信使遺跡」の解説の一部です。
「興津清見寺」を含む「朝鮮通信使遺跡」の記事については、「朝鮮通信使遺跡」の概要を参照ください。

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Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの朝鮮通信使遺跡 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

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