第6師管と第6師団の関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/19 23:28 UTC 版)
「第6師管」の記事における「第6師管と第6師団の関係」の解説
師団制の師管は、同じ番号の師団のための徴兵と密接に結びついており、第6師団の兵士は第6師管に戸籍を持つ男子から徴集された。また、第6師管から徴兵された兵士は第6師団に入るのが原則であった。だがこれにはいくつか例外があり、まず、独自の師管を持たない近衛師団には、全国の師管から兵士が送られた。また、朝鮮、台湾の植民地に常駐する部隊にも内地の師管が兵卒が送られた。時には、人口が少ない師管にある師団にも融通された。 師管はまた国内反乱鎮圧と、外国の侵攻に対して出動する師団の担任地域でもある。はじめ九州全域、後には九州南部を管区とした第6師管は、西方の隣国や南方に植民地を持つ列強諸国に直面する位置にあり、防衛上重要であった。また重要な関門海峡の防備は、1890年から第12師管ができた1896年まで、本州部分も含めて第6師管・第6師団に委ねられた。
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