第3の哨戒、1944年12月 - 1945年1月
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/27 16:14 UTC 版)
「クイーンフィッシュ (潜水艦)」の記事における「第3の哨戒、1944年12月 - 1945年1月」の解説
12月29日、クイーンフィッシュは3回目の哨戒でバーブ、ピクーダとウルフパック「ルーパーズ」を再度組んで東シナ海、台湾海峡方面に向かった。1945年1月1日、「ルーパーズ」は天候観測船に打撃を与え、これは幸運の前触れとして受け止められた。1週間後の1月8日、「ルーパーズ」は台湾沖を接岸航行中のモタ30船団を発見し、連携攻撃をかけた。しかし、バーブとピクーダが順調に戦果を挙げたのに対し、クイーンフィッシュはバーブのフラッキー曰く、「信じられないほど下手な魚雷発射」で16本の魚雷を発射して2本の命中しか確認できなかった。その後、クイーンフィッシュはバーブ、ピクーダとともにタンカー彦島丸(三菱汽船、2,854トン)を追いかけまわして痛めつけ、彦島丸は浅瀬に座礁した。1月16日には牛山島近海で別の輸送船団に対し3度の攻撃を行ったが、全て外れた。惨めな結果に、ラフリン中佐は戦闘日誌に「畜生」と殴り書きをした。魚雷を使い果たしたクイーンフィッシュは、魚雷を補給すべくグアムに向かったが、真珠湾へ向かうよう指示された。1月29日、クイーンフィッシュは32日間の行動を終えて真珠湾に帰投。艦の改修が行われ、艦の乗組員のうち4分の1が新入りと入れ替わった。
※この「第3の哨戒、1944年12月 - 1945年1月」の解説は、「クイーンフィッシュ (潜水艦)」の解説の一部です。
「第3の哨戒、1944年12月 - 1945年1月」を含む「クイーンフィッシュ (潜水艦)」の記事については、「クイーンフィッシュ (潜水艦)」の概要を参照ください。
- 第3の哨戒、1944年12月 - 1945年1月のページへのリンク