立地とプレI期集落
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/10 16:12 UTC 版)
郡山遺跡は現在の宮城県仙台市太白区郡山2丁目~6丁目にあたり、かつては陸奥国名取郡に属した。仙台市南部を流れる名取川と広瀬川との合流点付近、両河川にはさまれた自然堤防上で、JR東北本線・長町駅の東側に広がる住宅地の中にある。周囲一帯には遺跡が多く、遺物埋蔵地が互いに隣接・連結する。郡山遺跡はその中の一区画である。遺跡は二時期の遺跡が重なっていて、古い時期(I期)の年代は7世紀半ばから同末、新しい時期(II期)のほうは7世紀末から8世紀初めである。 郡山遺跡の西にある富沢遺跡は、弥生時代の水田・集落遺跡である。郡山遺跡からも、弥生土器が見つかっている。下から順に、弥生時代前期の青木畑式土器、中期中葉の崎山式土器、中期末の枡形囲式土器が出土した。中期中頃以前の水田跡も見つかっている。
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