称念寺 (奈良市)とは? わかりやすく解説

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称念寺 (奈良市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/14 09:40 UTC 版)

称念寺
称念寺
所在地 奈良県奈良市東木辻町49
位置 北緯34度40分28.41秒 東経135度49分42.91秒 / 北緯34.6745583度 東経135.8285861度 / 34.6745583; 135.8285861座標: 北緯34度40分28.41秒 東経135度49分42.91秒 / 北緯34.6745583度 東経135.8285861度 / 34.6745583; 135.8285861
山号 一心山
院号 築地院
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来
創建年 仁安3年(1168年)
開基 俊乗坊重源上人
中興年 慶安元年(1648年)
中興 頓誉上人
法人番号 7150005000214
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称念寺(しょうねんじ)は、奈良市にある浄土宗寺院

歴史

往古は法相宗で築地之内にあった草庵が起源と伝わる[1]

仁安2年(1167年)、俊乗坊重源が入して善導大師の旧跡終南山悟真寺にいたり、大師の尊像を懇願した[1]。翌年日本に戻り、この寺を再建したという[1]。よって開基は重源とされる[1]

後に広瀬郡細井戸村浄土寺の第3世頓誉が阿弥陀如来を祀り、浄土信仰の寺とした[1]

第2代は誠誉で、現在は中興から第28世と言われる[1]

木辻遊廓内にあったため、廓内娼妓死亡の際には引導寺となり、往生浄土の回向を扱ってきたという[2]

境内

本堂

内陣に宮殿厨子があり、中に本尊阿弥陀如来観音勢至の両脇侍を祀っている[1]。左右に善導大師立像と法然坐像を安置する[1]。この善導大師像は中国伝来とされ、下半身には金箔が施されていない[1]

昭和49年に修理を行ったが、寛永年間改築の棟札があったという[1]

愛染堂

愛染明王・厨子入歓喜天不動明王を祀る[1]

芭蕉の句碑

元禄7年(1694年)9月9日、芭蕉が当寺に休憩した際、

菊能香也奈良爾盤婦留幾仏達[2] (きくのかや ならにはふるき ほとけたち)

の句を詠んだ[1]寛政5年(1793年)に芭蕉百回忌が行われた際、本堂前にこの句の碑が建てられ、現在まで残る[1]

六字名号碑

本堂前の無縁塔(納骨堂)や墓地には、室町時代からの碑がいくつか残っているが、中でも重要なものに、無縁塔頂上の大きい板碑型六字名号碑がある[1]。これは慶長19年(1614年)10月に建立されたもので、第2代玄蓮社誠誉上人の名がある[1]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 奈良市史編集審議会編『奈良市史 社寺編』、吉川弘文館、1985、p.166
  2. ^ a b 『日本歴史地名大系. 第30巻 (奈良県の地名)』 (平凡社 1981年) p.530

参考文献

  • 奈良市史編集審議会編『奈良市史 社寺編』、吉川弘文館、1985、p.166
  • 『日本歴史地名大系. 第30巻 (奈良県の地名)』 (平凡社 1981年) p.530

関連項目

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