磯千鳥重五郎
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磯千鳥 重五郎(いそちどり じゅうごろう、1867年(慶応2年12月)- 1922年(大正11年)9月)は、明治時代の大相撲力士。本名笹島 重太郎。最高位十両5枚目。年寄9代玉ノ井。
略歴
富山県砺波郡東石黒村(のち西砺波郡東石黒村→東砺波郡福野町、現南砺市)生まれ。玉ノ井部屋に入門し、1889年1月磯千鳥の四股名で序ノ口に就く。1895年幕下に上がる。1900年に師匠玉ノ井が亡くなり、1902年1月より二枚鑑札となり玉ノ井に改名。1902年5月新十両。十両在位3場所で幕下に陥落し、最終的には1909年6月場所で三段目にまで陥落して引退し、年寄専務になる。
1922年9月死去、55歳没。
成績
- 番付在位場所数:42場所
- 通算成績:少なくとも20勝24敗2分が確認できる。
- 十両在位:3場所
- 十両成績:7勝16敗
場所別成績
春場所 | 夏場所 | |||||
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1889年 (明治22年) |
序ノ口 –[1] |
東序二段47枚目 – |
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1890年 (明治23年) |
東序二段2枚目 – |
西序二段15枚目 – |
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1891年 (明治24年) |
西三段目24枚目 – |
東三段目34枚目 – |
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1892年 (明治25年) |
東三段目39枚目 – |
西三段目26枚目 – |
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1893年 (明治26年) |
西三段目18枚目 – |
西三段目13枚目 – |
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1894年 (明治27年) |
西三段目3枚目 – |
西三段目9枚目 – |
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1895年 (明治28年) |
西三段目7枚目 – |
西幕下25枚目 0–1 (対十両戦) |
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1896年 (明治29年) |
西幕下26枚目 – |
東幕下12枚目 – |
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1897年 (明治30年) |
西幕下10枚目 – |
西幕下5枚目 2–0 (対十両戦) |
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1898年 (明治31年) |
西幕下8枚目 1–1 (対十両戦) |
西幕下2枚目 1–0 1分 (対十両戦) |
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1899年 (明治32年) |
東幕下10枚目 – |
東幕下2枚目 1–1 (対十両戦) |
||||
1900年 (明治33年) |
東幕下5枚目 0–1 (対十両戦) |
西幕下6枚目 2–0 (対十両戦) |
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1901年 (明治34年) |
西幕下筆頭 0–1 (対十両戦) |
西幕下7枚目 1–0 (対十両戦) |
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1902年 (明治35年) |
東幕下3枚目 4–1 1分 (対十両戦) |
東十両5枚目 3–6 |
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1903年 (明治36年) |
西十両8枚目 3–3 |
西十両8枚目 1–7 |
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1904年 (明治37年) |
東幕下筆頭 0–1 (対十両戦) |
東幕下8枚目 1–1 (対十両戦) |
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1905年 (明治38年) |
東幕下16枚目 – |
東幕下19枚目 – |
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1906年 (明治39年) |
東幕下20枚目 – |
西幕下19枚目 – |
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1907年 (明治40年) |
西幕下28枚目 – |
西幕下37枚目 – |
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1908年 (明治41年) |
東幕下45枚目 – |
西幕下57枚目 – |
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1909年 (明治42年) |
西幕下48枚目 – |
西三段目5枚目 引退 –– |
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各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
- 幕下以下の地位は小島貞二コレクションの番付実物画像による。
改名歴
- 五十千鳥 十太郎 - 1889年5月場所 - 1890年5月場所
- 磯千鳥 十五郎 - 1891年1月場所 -1892年5月場所
- 磯千鳥 十吉 - 1893年1月場所 - 1894年1月場所
- 磯千鳥 重五郎 - 1894年5月場所 - 1902年1月場所(番付上)
- 以上、番付表記は場所により、上の名前は「磯千鳥」・「礒千鳥」・「五十千鳥」、下の名前は「重五郎」・「十五郎」(大半の場所で「十五郎」)の表記揺れあり。
- 玉ノ井 重五郎 - 1902年1月場所(出場) - 1902年5月場所
- 1902年1月場所は番付表記「五十千鳥 十五郎」だが、「玉ノ井」に改名して出場。
- 玉ノ井 福治 - 1903年1月場所 - 1909年6月場所
- 下の名前は場所により「福治」・「福司」・「福二」の表記揺れあり。
参考文献
- “当世力士銘々伝 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2019年10月4日閲覧。
関連項目
外部リンク
脚注
- ^ 番付表には自身の名前は見えない。
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