疑惑と非難
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/29 23:26 UTC 版)
「チャパキディック事件」の記事における「疑惑と非難」の解説
ケネディは19日の昼前にようやく警察に出頭したものの、事故の通報と犠牲者の救助を迅速に行わなかったことを非難された上、酒類が供されたパーティー後の運転における事故であることから、飲酒運転(とさらに薬物使用)の疑惑をもたれることとなった。 なおケネディは「コペクニをホテルまで送っていくために運転していた」と供述したものの、パーティーにはケネディの運転手であるジョン・クリミンズも同席していたにもかかわらず、飲酒していたケネディ自らが運転してコペクニを「送って行った」上に、コペクニはケネディとともにパーティーを抜け出したことを他の参加者に伝えなかったばかりか、宿泊しているホテルの鍵と財布をパーティー会場に残したままであったことが判明したため、ケネディのこの発言にも疑惑の目が向けられることとなった。 また19日の深夜0時30分から45分の間に、地元の警察官のクリストファー・ロークが、ダイク橋の近くで停車している男女2人の乗った黒い車を発見し近づいたが、そのことに気づいた車はダイク橋方面に走り去った。その時にロークが確認した黒い車の車種やナンバーが、ケネディが事故時に運転していたオールズモビル88に合致していたことも判明したことから、ケネディが事故の発生時刻を故意にずらして報告していたのではないかと疑われるようになった。 その後これらのケネディの不可解な行動と発言の理由がマスコミによって取りざたされることになったが、その多くは「飲酒運転の事実を隠すため」と、「薬物使用の事実を隠すため」、「コペクニとの不倫肉体関係(もしくは車内での性行為)を隠すため」の3つであった。 ケネディは、1958年にジョーン・ベネットと結婚し、事件の発生時点で3人の子供がいる父親でもあり、またカトリック教徒でもあった。
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