甲府松菱
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/04 08:33 UTC 版)
百貨店として営業を再開すべく、1954年(昭和29年)に静岡県浜松市にあった松菱の資本援助を受けて改修を行ない、甲府松菱として営業を再開。これ以前の1948年(昭和23年)に中込百貨店が開業し、駅南口周辺には3つの百貨店がひしめき合う激戦区となった。 その頃地元山梨出身の小佐野賢治擁する国際興業も甲府で百貨店事業を営もうとするが参入する隙がなかったため、国際興業は甲府松菱に注目し1961年(昭和36年)に山梨交通とともに譲渡され傘下におさめた。買収後も甲府松菱の名前は残ったが、2年後の1963年(昭和38年)に山交百貨店(株式会社山交)と名前を変えたうえで廃止となった山梨交通電車線の甲府駅前駅跡地に完成したビルに移転、9年におよぶ甲府松菱としての営業を終了した。 詳細は「山交百貨店」を参照
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