生い立ち、青春時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 03:57 UTC 版)
「オットー1世 (神聖ローマ皇帝)」の記事における「生い立ち、青春時代」の解説
912年、ザクセン大公ハインリヒ(後の東フランク王ハインリヒ1世)とその妃マティルデとの間の最初の子として生まれる。ハインリヒは先にハーテブルクという女性を妻にしており、タンクマールという息子を儲けていた。父から見て次男にあたる。しかしマティルデの美しさに魅せられ、ハーテブルクを修道院に放り込んだと言われる。 919年、父ハインリヒが国王として選出される。同じ年に弟ハインリヒ(後のバイエルン公ハインリヒ1世)が誕生。母はこの弟を溺愛した。 929年、クヴェトリンブルクにて、イングランドの王女エドギタ(エドワード長兄王の娘)と結婚した。この時父王はオットーを自らの後継者として諸大公に認めさせた。オットーは新妻にマクデブルクの地を「朝の贈り物」(モルゲン・ガーベ、婚資)として贈った。その地こそは彼にとって青春時代を過ごした思い出の土地であり、後に東方へ進出する際の最重要拠点となるものである。930年と931年、マクデブルクにて息子リウドルフ(またはロイドルフ)と娘リウトガルト(ロイトガルト)が生まれる。
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