玉器・水晶・宝石細工
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/03 09:51 UTC 版)
「イスラム美術」の記事における「玉器・水晶・宝石細工」の解説
エメラルドやルビーのような宝石が装飾として他の工芸品に嵌め込まれる一方、水晶や翡翠などはそれ自身を彫り込んだ工芸品が作られた。水晶細工に最も優れたのはファーティマ朝であった。ファーティマ朝の宝飾はほとんどが再利用され残存していないが、水晶から彫り出された高価な水差しやランプの一部はヨーロッパに渡り、教会の宝物庫などに収められ今日まで伝わっている。こうした非常に高価な工芸品はカリフ一族や高官が個人的に使用するためのものであった。 玉器が最も盛んであったのはムガル帝国で、宝石細工や翡翠(硬玉と軟玉の2種がある)などの硬石加工が栄え、軟玉製の柄を持つ短剣や全体を宝石で埋め尽くした短剣などが作られた。クンダン(英語版)のような独自の金銀細工技法によってルビー・エメラルド・ダイヤモンドなどの緻密な象嵌が可能となり、花のモチーフを象ることが一般的であった。 水晶の水差し。高さ19.5cm。11世紀、エジプト。ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 1036年のイスラームの水晶細工。1350年にヴェネツィアで台座が取り付けられ聖遺物箱となった。ゲルマン国立博物館蔵 金糸、ルビー、ターコイズで象嵌した翡翠の火薬容器。17世紀、ムガル帝国。ルーヴル美術館蔵 翡翠製のティーセット。金糸、エメラルド、ルビー、ガラスの象嵌がある。18世紀、ムガル帝国。ルーヴル美術館蔵
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