湾を渡る鉄道路線
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/07/07 05:09 UTC 版)
ベイブリッジを渡る鉄道が運行されるまで、キー・システムの通勤列車には路線系統を示す記号がつけられていなかった。系統が対象とする主要な通りや地域に応じて名前がつけられた。 A - オークランドのダウンタウン(競合するサザン・パシフィック鉄道のインターアーバンが1941年に廃止された後、その線路を使ってイースト・オークランドからサン・レアンドロとの境界付近まで延長された) B - レイクショアとトレッスル・グレン(もともと、オークランドのグランド・アンド・ブロードウェイにあったキー・システムが経営するホテルであるキー・ルート・イン (Key Route Inn) の中を通り抜けていた。ホテルは1930年代に火事で焼失した) C - ピードモント(40番通りとピードモント通りを通り、プレザント・バレーとアロヨ通りに沿って、オークランド通りにある終点までヨーク・ドライブとリカード通りの間を通る) E - クレアモント(クレアモントホテル (Claremont Resort) まで、2つのテニスコートの間に敷かれた線路を通じて直通していた。このテニスコートは現存する) F - バークレイ / エイドライン通り(これもまたサザン・パシフィック鉄道のかつてのインターアーバンの線路を使って延長され、ユニバーシティ通りを越えてノースブラエトンネルを抜け、アラメダとソラノ通りで終点になっていた) G - ウェストブラエ・シャトル(実際にはH系統の列車とユニバーシティ通りで接続する路面電車のシャトルサービスであった) H - モンテレー通り(当初はサクラメント通りの路線でホプキンスまで走っていたが、1933年以降はサザン・パシフィック鉄道の線路に切り替えてモンテレーまで行くようになった) K - カレッジ通り(これもまたF系統の列車とアルカトラズおよびエイドライン通りで接続する路面電車によるシャトルサービスであった。この路線の終点はカリフォルニア大学バークレー校のメモリアルスタジアムからほんの数ブロックしか離れていなかったので、アメリカンフットボールの試合がある日には臨時列車が運転され、よく利用されていた) D はサクラメント・ノーザン鉄道のインターアーバン路線に沿ってモントクレアまでの提案されていた路線のために予約されていた。 A、B、C、E、F系統がキー・システムの最後の年まで運行された路線であった。列車の運行は1958年4月20日に終了し、同じ系統記号のバスによって置き換えられた。キー・システムを買収したACトランジットによってこの系統記号は引き継がれ、現在でも使われている。ACトランジットのB、C、E、F系統は多かれ少なかれ、かつてのキー・システムの対応する経路と同じルートを通っている。
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