気球操縦士長の選定
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/18 16:03 UTC 版)
「北軍気球司令部」の記事における「気球操縦士長の選定」の解説
気球を空中兵器として使う試みでは、フランス革命戦争中の1794年のフルリュスの戦い(ベルギー)でフランス気球司令部が初めて使ったという記録があった。エイブラハム・リンカーン大統領は偵察目的で空中兵器を使うことに興味を抱くようになった。このことで陸軍省と財務省の注意を喚起し、ある種の気球飛行部隊を設立し「気球操縦士長」に指揮させる必要性が出てきた。その職に就くことを目指して、国中から何人か上級の気球操縦者がワシントンD.C.に移動した。しかし、そのような部隊を設立する具体的提案は無く、また軍隊が運営するか民間で運営するかすらも決まっていなかった。さらには気球操縦士長を選ぶ方法も明らかでなく、政府にしろ軍隊にしろ、役人の注意を引くようになった時は、自由競争のようになっていた。気球を使用することの大部分は試行錯誤で運営した主要軍指揮官達の意向と、気球操縦者自身の最高の自薦に任されることになった。この職を求めた者の中で、わずか2人、すなわちタデウス・ロー教授とジョン・ラマウンテンが空中戦闘偵察を行う実際の機会を与えられた。
※この「気球操縦士長の選定」の解説は、「北軍気球司令部」の解説の一部です。
「気球操縦士長の選定」を含む「北軍気球司令部」の記事については、「北軍気球司令部」の概要を参照ください。
- 気球操縦士長の選定のページへのリンク