欧米の巨大機開発競争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 03:22 UTC 版)
「エアバスA380」の記事における「欧米の巨大機開発競争」の解説
1980年代末になると、ボーイング747初期型の後継機が求められるようになった。エアバスはボーイング747に対抗できる輸送力を持つ機体として、1989年からUHCA(ウルトラ・ハイ・キャパシティ・エアクラフト)構想の実現に向けての作業を開始した。ボーイング社はこれに過敏に反応し、1991年に747改良型など3種の計画を発表し、UHCA阻止の動きに出た(詳しくはボーイング747-8の開発の経緯を参照)。この動きに対し、エアバスを構成する(当時)アエロスパシアル、DASA、BAe、CASAの4社はボーイング社と共同で、1993年1月にUHCAとは別にVLCT(ベリー・ラージ・コマーシャル・トランスポート)と呼ぶ大型輸送機構想を発表した。当初、ボーイングとエアバスによる市場調査では、2種類の機種があっても揃って成功する規模の市場は無いと判断されていた。しかしライバル同士の意見がかみ合わず、エアバスは1994年6月、UHCAをA3XX(530席 - 570席の100型と630席 - 680席の200型の構想)として計画に着手したことを発表し、VLCTは中止された。 ボーイング社はこれに対抗し、同年に747-500Xと747-600Xを発表、対決する構えを見せた(747X計画)。747X計画はさまざまに変遷する流動的なものであったが、その間にもボーイング社はエアバス社に対する露骨なネガティブキャンペーンを繰り広げ、A3XXのイメージダウンを図った(ソニック・クルーザーを参照)。しかしエアバスは計画を進めた。 2000年12月19日、エアバスは62機の受注を獲得したことから、A3XXをA380として開発に入ったことを発表した。ボーイング社は翌年に747X計画を延期し、ソニック・クルーザー計画を発表したものの、2003年には計画を凍結し、その開発能力を中型機ボーイング787へと注力していった。しかし、その後ボーイング社は、A380と777-300ERやA340-600の間を埋めるという理由で、747-400ER、747-8型(計画名 747Advanced)などの大型機の開発を開始した。
※この「欧米の巨大機開発競争」の解説は、「エアバスA380」の解説の一部です。
「欧米の巨大機開発競争」を含む「エアバスA380」の記事については、「エアバスA380」の概要を参照ください。
- 欧米の巨大機開発競争のページへのリンク