核兵器の発掘
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/05 16:19 UTC 版)
「1961年ゴールズボロ空軍機事故」の記事における「核兵器の発掘」の解説
落下傘で降下した爆弾は、落下傘が木に引っかかり、完全な状態で発見された。爆弾処理のエキスパートであり当該爆弾の無効化の責任者でもあったJack ReVelleによると、起爆のための他のシーケンスを完了していたにもかかわらず、安全装置(arm/safe switch)は安全位(safe)にあったという。国防総省は当時、2つの起爆装置がアクティブ化されていなかったため、爆発の可能性はないと発言していた。当時の国防総省のスポークスマンは、United Press Internationalの記者Donald Mayに対し、爆弾は起爆可能な状態になく、したがって爆発する可能性はないと話している。軍事評論家であったDaniel Ellsbergは、高度機密資料を見た際に、安全装置(arm/safe switch)は爆発を防止する6つの装置のうちのひとつに過ぎないと指摘している。2013年にFreedom of Information Actの要求に応じ公開した情報においても、爆発が防がれたのは、ひとつのスイッチのためだったことが確認できる。 2発目の爆弾は、秒速310mの速さでぬかるんだ土地に沈み崩壊したが、爆弾内部にある通常型爆発物の爆発を伴わなかった。爆弾の尾部は地中6.1m地点から発見された。トリチウム瓶とプルトニウムを含む爆弾の各部は取り戻された。核兵器の歴史を研究するChuck Hansenによると、爆弾内部の高圧スイッチが閉じておらず、結果的に完全な起爆状態(fully arming)にならずに済んだものの、この爆弾は部分的に起爆可能な状態にあったという。 地表水の水位をコントロールできなくなったために、2発目の爆弾の発掘作業は断念された。ウラニウムを含む水爆の大部分が、当地に埋まったまま残されている。アメリカ陸軍工兵司令部が、爆弾の残骸の埋まった場所を含む120mの円形の地役権を購入した。ノースカロライナ大学チャペルヒル校は、爆弾の残骸の埋まっている深さを55m(誤差3m)と測定した。
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