東海道徒歩旅行記
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/11 11:00 UTC 版)
岡田惣一郎は早稲田大学在学中に、日記や東海道徒歩旅行記を書き残している。1902年(明治35年)、惣一郎は渋沢栄一と会見するため、四日市の地場産業である万古焼を販売してその資金を旅行費にし、5人の友人と東京市まで旅行した。7月12日に四日市を出発し、10日後には次のように記している。 「明治35年7月22日に遂に我等が今の次の大旅行の最大の目的たる実業家の渋沢栄一先生との面談かなえる。その間わずか2分余りといえども、門衛の制するを払い、我等身分。経歴を唱和し、我等尊仰する産業指導者の渋沢栄一先生に面談のため四日市より徒歩にて来りしを告げる。先生、一言なかりしも、我等一人一人と握手を交したり。この感激を如く何に伝えん」 「記岡田」と署名があり、記述者は岡田惣一郎だった。
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