本線の開通
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/04 01:45 UTC 版)
「ノース・ブリティッシュ鉄道」の記事における「本線の開通」の解説
これらの拡張計画すべては、本線の開業以前でも既に巨額の費用を要していた。ついに1846年6月22日になり、ベリックとハディントンへの路線が一般向けに開業した。1日に5本の列車が運転され、これに加えてエディンバラとマセルバラ(英語版)を結ぶ区間列車も1日に10本運転された。宗教的観点からかなりの反対があったものの、日曜日の列車も運転された。 この時点で、ニューカッスル・アンド・ベリック鉄道は開業できておらず、ロンドンへの旅客や貨物はベリックとニューカッスルの間を道路で連絡しなければならなかった。ツイード川の南岸にありベリックの対岸にあたるツイードマスとニューカッスル・アポン・タインの間は1847年7月1日に開通した。これによりノース・ブリティッシュ鉄道はエディンバラからロンドンまでの列車を宣伝できるようになったが、旅客も貨物もベリックにおいてツイード川を、ニューカッスルにおいてタイン川を渡る道路輸送を必要としていた。これらの2本の川に架かる橋は依然建設中であったのである。ヴィクトリア女王を迎えてこれらの恒久的な橋が開通するのは1850年のことになったが、それ以前に仮設の橋を使った列車の運行が行われていた。
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