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末光元広

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/24 02:37 UTC 版)

末光 元広
生誕 1888年1月11日
日本 愛媛県
死没 (1958-10-26) 1958年10月26日(70歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1909年 - 1945年
最終階級 陸軍中将
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末光 元広(すえみつ もとひろ、1888年明治21年)1月11日[1] - 1958年昭和33年)10月26日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。

経歴

1888年(明治21年)に愛媛県で生まれた[1]陸軍士官学校第21期卒業[1]1936年(昭和11年)3月7日に電信第3大隊長に就任し[2]8月1日陸軍航空兵大佐に進級した[2]1937年(昭和12年)に第3師団司令部附となり[2]第八高等学校に配属され、1938年(昭和13年)には第4通信隊長に転じた[2]

1940年(昭和15年)に陸軍少将に進級し[2]津軽要塞司令官に就任した[1]1941年(昭和16年)に教育総監部附となり[1]1942年(昭和17年)に陸軍少年通信兵学校長に就任した[1]1943年(昭和18年)11月6日には第2方面軍通信隊司令官に転じ[1]、南方方面に出征。1944年(昭和19年)6月19日第4航空通信司令官に就任し[1]10月26日に陸軍中将に進級[2]1945年(昭和20年)6月15日陸軍歩兵学校附となる[1]7月16日に第62兵站警備隊を根幹として編成された第148師団長に親補され、武器弾薬が不足する中で、新京で終戦を迎えた[1]

1948年(昭和23年)1月31日、公職追放仮指定を受けた[3]

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k 福川 2001, 388頁.
  2. ^ a b c d e f 外山 1981, 266頁.
  3. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十三年一月三十一日 仮指定者」210頁。

参考文献

  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。 ISBN 4829500026 



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