朝鮮半島での弥生土器の大量出土と交易の確立
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/27 00:55 UTC 版)
「弥生土器」の記事における「朝鮮半島での弥生土器の大量出土と交易の確立」の解説
縄文土器と同様、弥生土器も朝鮮半島南部で発掘されている。初期には、金海地域を中心に出土し、交易がおこなわれていた事が解る。 前期後半から朝鮮半島での弥生土器の出土は増え、特に中期、朝鮮半島、勒島では大量の弥生土器が見いだされ倭人が交易に出かけた様子がうかがえる。これは、勒島と壱岐の原ノ辻との間に集約され確立された交易ルートである。原の辻では、無文土器も出土している。弥生時代後期、勒島の弥生土器は減り、金海地区との交易に移った。 なお、この時期、弁韓の鉄鉱山の発掘現場からも弥生土器が発見され、倭人が弁韓の鉄を採ると言う魏志倭人伝の記述が検証された。この鉄鉱石採掘場は、周りが周囲から閉鎖された場所であり、その中から弥生土器が発見された。 交易以外にも、鉄の鉱石採取にも倭人の関与がある。
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