月刊マンガ・マンとは? わかりやすく解説

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月刊マンガ・マン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/16 00:10 UTC 版)

月刊マンガ・マン
The Manga Man
『月刊マンガ・マン』(第2巻第3号、東京漫画新聞社、1930年3月)の表紙。右下に「жюсав」(ジュサヴ)とキリル文字で署名がある。
愛称・略称 マンガマン
ジャンル 漫画雑誌
刊行頻度 月刊誌
発売国 日本
言語 日本語
定価 20
出版社 東京漫画新聞社
発行人 久保陽
刊行期間 1929年8月1日(昭和4年8月号) - 1931年6月6日(昭和6年6月号)
特記事項 新漫画派集団
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月刊マンガ・マン』(げっかんマンガ・マン、英語: The Manga Man)は、かつて昭和の初期に存在していた日本の漫画雑誌である。編集発行は久保陽、発行元東京漫画新聞社、月刊誌。単に『マンガマン』とも表記される[1][2]岡本一平麻生豊宮尾しげを長崎抜天、堤寒三らが寄稿したことで知られる[3]

略歴・概要

2年弱の活動期

1929年(昭和4年)8月1日、創刊する[2]。同誌の主宰は久保陽で、もともと文藝春秋社にいたが社主の菊池寛と折り合いが悪く、文藝春秋を飛び出したという[4]

「プロ漫画」(プロレタリア漫画)志向を強めた当時の有力誌『東京パック』に対抗し、「ナンセンス漫画」を志向していた[5]。当時の知名度は高くなかったものの、『アサヒグラフ』(朝日新聞社)、『新青年』(博文館ほか)とともにアメリカ合衆国ナンセンス漫画を掲載していた。日本人の漫画家の作品にも、その影響が見られる。内容に関しては、一枚物・連載のナンセンス漫画の他に、ナンセンス小説が掲載されていた。

1931年(昭和6年)6月6日、同日付発行の通巻第23号をもって廃刊する[2]

投稿欄の充実

外国の雑誌に載っている漫画を日本の雑誌に載せるには、改めて版に起こす必要があった。外国の漫画を模写し、日本の右綴じの雑誌にあわせてコマ順を変更したり、セリフを日本語にしたり、白黒漫画にカラーを塗ったりなど、絵の描けるスタッフが必要であった。そのため、久保が当時の有名漫画家である岡本一平に相談したところ、岡本の弟子である近藤日出造と矢崎茂四を紹介され、この二人が編集にあたった。そのため、創刊号では麻生豊宮尾しげをなどと言った当時の人気作家に並び、当時ほぼ無名だった近藤と矢崎の漫画が掲載されている。

近藤と矢崎は投稿欄の選者も担当した。漫画家志望の青年たちが、作品を投稿しており、投稿欄からは横山隆一吉田貫三郎がデビューした。横山は投稿時点で絵が上手く、すぐに執筆家に昇格。吉田は編集助手となった。

1930年の(おそらく)春、新人育成を目的として、投稿者との懇談会が開かれた。近藤と矢崎が世話人となり、具体的に誰かは不明だが主だった投稿者が集められたらしい。以後、このメンバーでデッサン会や研究会などが定期的に開催され、これが後に「新漫画派集団」の母体となる[6]

その後

1932年(昭和7年)5月、本誌で活躍した漫画家20名が、「新漫画派集団」を結成した[7]。メンバーは、中心人物である横山隆一近藤日出造、矢崎茂四のほか、杉浦幸雄、吉田貫三郎、井原一郎、石川義夫(利根義雄)、黒沢はじめ、益子しでを(益子善六)、岸丈夫、勝木貞夫、佐宗美邦、大羽比羅夫、北村一王、小関まさき、加藤たけ子(矢崎武子)、片岡敏夫、吉本三平、竹田弥太郎、増田正二である[7]

1987年(昭和62年)5月清水勲の監修により、主要ページを抜粋して復刻、『漫画雑誌博物館 10 昭和時代篇 マンガマン』として国書刊行会が出版した[1]。本誌の通巻全23号のうち、計16号分を対象として復刻、「『マンガマン』史年表」(1929年8月 - 1931年5月、p.215-216.)を含む全218ページのボリュームである[1]

おもな漫画家・小説家

脚注

  1. ^ a b c マンガマン国立国会図書館、2012年10月10日閲覧。
  2. ^ a b c 尾崎、p.177-179.
  3. ^ 原田、p.170.
  4. ^ 峯島、p.86
  5. ^ 峯島、p.97
  6. ^ 峯島、p.97
  7. ^ a b 清水・鈴木、p.197.

参考文献

関連事項

外部リンク




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