擬働体操
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 16:24 UTC 版)
1909年(明治42年)、嘉納治五郎は「虚働」(具体的活動ではなく体育の為に単に身体四肢を動かす運動)と「実働」(日常生活や遊びによる実際の運動)との中間を採った「擬動」による「擬働体操」を発表している。「擬働体操」は柔道形ではなく体操の1つとして考案したものであったが、その内容には肉体労働や柔道の動作など9種の運動(計数(けいすう)、球磨(たまみがき)、平板磨(ひらいたみがき)、竪板磨(たていたみがき)、櫓押(ろおし)、四方蹴(しほうけり)、四方当(しほうあて)、喞筒(ぽんぷ)、車廻(くるままわし)が含まれており、柔道の技(当身技)が組み込まれていた。「擬働体操」が嘉納が後に発表する「精力善用国民体育」の制作過程にあったと見ることができる。
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