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徳永太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/12 03:27 UTC 版)

徳永 太郎(とくなが たろう)は、日本外交官外務省研修所長や、駐チェコスロヴァキア特命全権大使日本国際問題研究所理事長などを歴任した。

人物・経歴

福岡県出身。1928年福岡高等学校文科乙類卒業[1]。1931年東京帝国大学法学部法律学科卒業[2]外務省入省[3]。1933年任外交官補、叙高等官七等[4]。1934年スイス在勤[5]。1938年外務省欧亜局第二課外務事務官[6]。1941年在スイス公使館三等書記官[7]

1942年在ドイツ大使館三等書記官[8]。同年在ドイツ大使館二等書記官[9]。1945年在ドイツ大使館一等書記官[10]。1948年外務省総務局政務課長[11]

外務省研修所幹事を経て[12]、1952年経済企画庁審議官[13]。1954年在ハンブルグ日本国総領事館総領事[14]。1957年外務大臣官房審議官[15]

1958年駐エティオピア特命全権大使[16]。1961年駐ヴェネズエラ特命全権大使[17]。1964年外務省研修所長[18]。1965年駐チェッコスロヴァキア特命全権大使[19]。1968年日本国際問題研究所理事長[20]。日本エチオピア協会副会長[21]駿河銀行顧問なども務めた[3]

出典

  1. ^ 福岡高等学校一覧 第14年度(昭和10年4月至11年3月)
  2. ^ 東京大學卒業生氏名録
  3. ^ a b 月刊官界 7(8) 誌 (行研, 1981-08)
  4. ^ 官報 1933年06月22日
  5. ^ 官報 1934年10月19日
  6. ^ 官報 1938年05月10日
  7. ^ 官報 1941年06月11日
  8. ^ 官報 1942年12月08日
  9. ^ 官報 1942年12月29日
  10. ^ 官報 1945年04月04日
  11. ^ 官報官報 1948年06月23日
  12. ^ 官報昭和27年本紙第7704号 191頁
  13. ^ 官報昭和27年本紙第7713号 421頁
  14. ^ 官報昭和29年本紙第8309号 186頁
  15. ^ 官報昭和32年本紙第9183号 50頁
  16. ^ 官報昭和33年本紙第9385号 119頁
  17. ^ 官報昭和36年本紙第10425号 425頁
  18. ^ 官報昭和39年本紙第11121号 20頁
  19. ^ 官報昭和40年本紙第11621号 23頁
  20. ^ 研究所概要日本国際問題研究所
  21. ^ 神奈川年鑑 昭和54年版 図書 神奈川新聞社, 1978.12
先代
別府節弥
日本国際問題研究所理事長
1968年 - 1969年
次代
島津久大



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