徳大寺公清とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 徳大寺公清の意味・解説 

徳大寺公清

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/21 08:58 UTC 版)

徳大寺 公清(とくだいじ きんきよ)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての公卿権中納言徳大寺実孝の子。官位従一位内大臣後野宮と号す。


  1. ^ 『公卿補任』には元侍従、とある。
  2. ^ 母が疱瘡の所労危急のため、大饗などが行われず勅使も遣わされなかった。
  3. ^ 水腫所労による。
  4. ^ 師守記』貞和5年(1349年)5月1日の条による。


「徳大寺公清」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「徳大寺公清」の関連用語

徳大寺公清のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



徳大寺公清のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの徳大寺公清 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS