御陵東駅とは? わかりやすく解説

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御陵東駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/23 05:50 UTC 版)

御陵東駅
ごりょうひがし
GORYŌHIGASHI
賀集 (0.7 km)
(2.9 km) 福良
所在地 兵庫県三原郡南淡町賀集
所属事業者 淡路交通
所属路線 鉄道線
キロ程 20.5 km(洲本起点)
電報略号 ゴヒ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1932年昭和7年)12月12日
廃止年月日 1966年昭和41年)10月1日
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御陵東駅(ごりょうひがしえき)は、かつて兵庫県三原郡南淡町(現・南あわじ市)賀集に存在した、淡路交通鉄道線廃駅)である。

歴史

淡路鉄道最後の開通区間である賀集駅 - 福良駅間には、途中駅として八幡駅(やわたえき)が設けられていた。しかしながらこの駅は集落や公道から離れた不便な位置にあった[1]。そこで0.6km洲本寄りに御陵東駅が開業、八幡駅はその引き換えに廃止されることとなった[1]

なお、御陵東駅の開業から八幡駅の廃止までに約2ヵ月の差があり、この間の御陵東駅では貨物のみを取り扱っていたとされる[1]

  • 1925年(大正14年)6月1日:淡路鉄道の賀集 - 福良間開通に伴い、八幡駅が開業[2]
  • 1932年昭和7年)12月12日御陵東駅が開業[1]。停車場新設認可の申請書によれば、貨物営業は6月から9月の間のみで、それ以外の期間は施錠する予定であったとされる[1]
  • 1931年(昭和6年)2月9日:八幡駅廃止[1]
  • 1934年(昭和9年)5月7日:ホームを延長[1]
  • 1936年(昭和11年)3月31日:待合室を設置[1]
  • 1941年(昭和16年)9月30日:貨物取扱量の減少および暴風雨による倒壊のため、貨物ホームの建屋を撤去[1]
  • 1943年(昭和18年)7月:社名改称に伴い淡路交通鉄道線の駅となる。
  • 1966年(昭和41年)10月1日:鉄道線の廃線に伴い廃止[3]

駅構造

単式ホーム1面1線の地上駅で、洲本方から見て左側にホームがあった。

最晩年は乗車券類の販売が近隣の商店に受託されていた[1]

駅周辺

駅跡

線路跡は舗装路となっており、駅の存在を示すものは残されていない。八幡駅があったとされる地は自動車教習所の敷地となっている。

隣の駅

淡路交通
鉄道線
賀集駅 - 御陵東駅 - 福良駅

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j 寺田 2022, p. 13.
  2. ^ 「地方鉄道運輸開始」官報. 1925年6月6日』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  3. ^ 島に列車走った44年間」『YOMIURI ONLINE読売新聞東京本社、2014年1月6日、兵庫版。オリジナルの2014年2月1日時点におけるアーカイブ。

参考文献

関連項目




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