建築・工業写真家として
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/28 09:09 UTC 版)
「マーガレット・バーク=ホワイト」の記事における「建築・工業写真家として」の解説
1927年に卒業後は、クリーヴランドへ移ってフリーの写真家としてキャリアを開始した。ここで彼女は、当時あまり注目されていなかった建築・工業写真で新しい感覚にもとづく作品を相次いで発表した。これが『TIME』誌の編集者ヘンリー・ルースの目にとまり、彼が1929年に新しいビジネス誌『フォーチュン』を創刊すると、その専属写真家としてバーク=ホワイトを抜擢した(創刊号の表紙写真も彼女の撮影である)。 彼女は雑誌の仕事のためアメリカ、カナダ、ヨーロッパの著名な企業・工場を数多く取材・撮影し、とくに1930年には五か年計画を取材するためソビエト連邦へ渡って外国人として初めて工業化の様子を撮影した。帰国後には、この取材をもとに『ロシアへのまなざし (Eyes on Russia)』と題する写真集を刊行、同時に『ニューヨーク・タイムズ』紙へも長文の現地報告記事を執筆して大きな反響を呼び、写真ジャーナリストとしての名声を確立することとなった。
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