建国後の人口
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/15 07:42 UTC 版)
1933年(大同2年)4月15日に臨時戸口調査を実施し、その時点で人口は126,309人(附属地を除く)だった。1934年(康徳元年)3月の首都警察庁の調査によると、総人口は141,712名(同)に増加した。その後も人口は増え続け、1936年(康徳3年)10月末に302,075人(附属地含む)、1942年(康徳9年)4月には655,324人(同)に達した。1944年(康徳11年)には863,607人(同)に達している。 なお、満洲国では国籍法が制定されなかったため、下記の「満洲人」は暫行民籍法に於ける漢族、満洲族、蒙古族の総称である。また「日本人」は内地人(沖縄含む)を指し、朝鮮半島出身者は「朝鮮人」又は「半島人」と表記する。外国人・その他はロシア人を含む第三国人、民族不明は満洲人だが民族が判らない者である。
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