広隆寺上宮王院聖徳太子像とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 広隆寺上宮王院聖徳太子像の意味・解説 

広隆寺上宮王院聖徳太子像

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/05 02:14 UTC 版)

黄櫨染御袍」の記事における「広隆寺上宮王院聖徳太子像」の解説

京都市右京区広隆寺の上宮王院太子堂享保15年1730年建立)に安置される聖徳太子像には、歴代天皇より、天皇着用装束同様のものが寄贈され着せられている。聖徳太子像保安元年1120年)に完成したもので、当初美豆良結った童形であった推測されるが、後代には髻を結って冠をかぶる形に変えられ太子33歳時の姿とされるようになった下着姿の像のため、当初より束帯着せることが想定されていたと考えられ遅くとも室町時代には天皇より贈られ装束着せられていた。 第105後奈良天皇青色御袍(残欠以降束帯や冠が現存しており、後西天皇東山天皇中御門天皇後桜町天皇光格天皇仁孝天皇および明治天皇以降歴代天皇より寄進され黄櫨染袍が伝わる。 現在は上皇明仁即位の礼1990年平成2年))に際して調進された御袍と同じ染織技法用い天皇着用のものの約8割の寸法製作され黄櫨染の袍が、1994年調進され、着せられている。

※この「広隆寺上宮王院聖徳太子像」の解説は、「黄櫨染御袍」の解説の一部です。
「広隆寺上宮王院聖徳太子像」を含む「黄櫨染御袍」の記事については、「黄櫨染御袍」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「広隆寺上宮王院聖徳太子像」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ


このページでは「ウィキペディア小見出し辞書」から広隆寺上宮王院聖徳太子像を検索した結果を表示しています。
Weblioに収録されているすべての辞書から広隆寺上宮王院聖徳太子像を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。
 全ての辞書から広隆寺上宮王院聖徳太子像を検索

英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「広隆寺上宮王院聖徳太子像」の関連用語

広隆寺上宮王院聖徳太子像のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



広隆寺上宮王院聖徳太子像のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの黄櫨染御袍 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS