山鳩よみればまはりに雪がふる
作 者 | |
季 語 | |
季 節 | 冬 |
出 典 | 白い夏野 |
前 書 | |
評 言 | 昭和9年、窓秋24歳の作。76年前に作られた句とは思えない初々しさに驚く。まず、リズムが美しく、舌頭に転がして心地よい。「yamabatoyo mirebamawarini yukigahuru」とローマ字にして母音を見ると、上五、中七、下五とも「a」の続いた後に(下五は一つだが)、「oo」、「ii」、「uu」と同じ母音を重ねている。この母音のリフレーンにリズムの美しさの秘密がある。 掲句は、静けさの中に山鳩と雪と作者が見えるだけだ。快いリズムで描かれた感覚的で瑞々しい構図が美しい。この簡潔な描写に「星の王子さま」の冒頭を思う。砂漠に不時着した操縦士のぼくに羊の絵をねだった星の王子さまが重なる。次ぎ次ぎ描かれる羊が気に入らない王子さまが、あんたの欲しい羊はこの中にいるよと出された箱の絵に目を輝かせる、あの場面を思う。この句は正に、羊の入った箱だ。イメージのいっぱい詰まっている。清潔な青春性、愁い、生命力が心地よい。 500部限定の「高屋窓秋全句集」(ぬ書房・昭和51年刊)の中に「百句自註」が収録されている。そこで窓秋は「ホトトギス」の奨励する客観写生に対して、見たものを見たとおりに表現する吟行作句法には作句意欲が起こらないと言っている。また「映画のわずか数秒間の画面にも劣る描写俳句が、とくに貴重なものだとは、どうしても思えなかった。」とも言う。窓秋の求めていたものは、見えるものを通して、見えないものを詠うことだったのである。それも、客観描写全盛の時代にそのように言ったのである。そこが重要だ。こういう先達が居たからこそ、今の自由があるのである。 |
評 者 | |
備 考 |
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