察哈爾省方面での戦闘
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/18 14:40 UTC 版)
9月22日、山西省方面での第二次攻勢と同時に、察哈爾省察南南境地方に集結していた八路軍部隊も、日本軍の小拠点や通信線や道路といった日本側施設に対して攻撃を開始した。これに対して、日本の駐蒙軍は、主力部隊を傅作義軍に対する警戒のため出撃中であったことから、兵力比において非常に不利な態勢での戦闘になった。独混第2旅団の独立歩兵第4大隊では、淶源県で分散警備中に襲撃を受けて包囲され、そのうちの2か所の分駐拠点が数日間の戦闘の末に全滅した。戦力を集結した駐蒙軍は、9月28日までに包囲された友軍部隊を救出し、10月13日から11月2日にかけて晋察冀辺区粛清作戦を実行して八路軍部隊を掃討した。
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