大木あまりとは? わかりやすく解説

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大木あまり

大木あまりの俳句

さくら咲く山河に生まれ短気なり
さくら咲く氷のひかり引き継ぎて
ふたりして岬の凩きくことも
ぼろ市や空一枚を使ひけり
もうなにも起こらぬ家の蚊遣かな
イエスよりマリアは若し草の絮
人形のだれにも抱かれ草の花
冬の雁子を産む齢すぎにけり
友に恋われに税くる蕗の雨
喪の家の焼いて縮める桜鯛
夫にして悪友なりし榾を焼く
守るべき家ありどつと花の冷え
寒月下あにいもうとのやうに寝て
湯気のたつ馬に手を置くクリスマス
火に投げし鶏頭根ごと立ちあがる
父の忌の噴井の底のうすあかり
花束のセロファンくもる墓参かな
蟬の眼をはこんでゐたる秋の蟻
 

大木あまり

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/05 05:19 UTC 版)

大木 あまり(おおき あまり、1941年6月1日 - )は、日本の俳人。本名は吉本章栄(ふみえ)[1]

経歴

東京府東京市豊島区目白に生まれる。詩人大木惇夫の三女で、姉は藤井康栄北九州市立松本清張記念館館長)と宮田毬栄編集者エッセイスト)。頌栄女子学院高等学校武蔵野美術大学洋画科卒業。

1971年、母の勧めで俳誌「河」に入会、角川源義の指導を受ける。源義逝去ののち、1979年進藤一考主宰の「人」に参加、同人。1983年、「人」を退会。「泉」の「雲の会」に時おり参加し、石田勝彦綾部仁喜の指導を受ける。1990年長谷川櫂千葉皓史と「夏至」を創刊、同人。1994年、長谷川櫂主宰の「古志」に入会。1995年矢島渚男「梟」に入会。1998年よりふたたび無所属となる。2008年石田郷子藺草慶子山西雅子とともに「星の木」(年2回刊)を創刊。

2011年、句集『星涼』で第62回読売文学賞(詩歌部門)を受賞。代表句に、「イエスよりマリアは若し草の絮」(『火のいろに』所収)、「火に投げし鶏頭根ごと立ちあがる」(『火球』所収)などがある。

横浜俳話会顧問[2]

著書

  • 句集『山の夢』(一日書房、1980年)
  • 句集『火のいろに』(牧羊社〈精鋭句集シリーズ〉、1985年)
  • 詩画集『風を聴く木』(ふらんす堂、1988年)
  • 句集『雲の塔』(花神社、1993年)
  • 句集『火球』(ふらんす堂〈ふらんす堂俳句叢書〉、2001年)
  • 『猫200句』(藤木魚酔との共著、ふらんす堂、2004年)
  • 『大木あまり集』(邑書林〈セレクション俳人〉、2004年)
  • 句集『星涼』(ふらんす堂、2010年)
  • 『ベスト100 大木あまり』(ふらんす堂〈シリーズ自句自解〉、2012年)

参考文献

  • 坂口昌弘著『平成俳句の好敵手』文學の森
  • 『大木あまり集』(邑書林〈セレクション俳人〉、2004年)
  • 『現代俳句大事典』(三省堂、2005年)

出典

  1. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.444
  2. ^ 俳話会役員”. 横浜俳話会. 2016年2月26日閲覧。

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