大山信仰と大山講
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/22 09:27 UTC 版)
大山は雨乞いに霊験のある山として雨降山(あふりやま)とも呼ばれ、昔から農民たちの山岳信仰の対象とされてきた。農民から五穀豊穣や雨乞いの神として信仰され、日照りや飢饉が続くと、多くの農民達が参詣に訪れた。江戸時代には関東地方各地で「大山講」が組織され、「春山」(4月5日〜4月20日)や「夏山」(7月27日〜8月17日)とされる期間に多くの人々が登拝を行った。特に夏山祭りの初日には、元禄以前からのしきたりとして、江戸日本橋小伝馬町の大山講である「お花講」の人たちが大山頂上への中門を開いた。 道中の参詣者は、白の行衣、雨具、菅笠、白地の手っ甲、脚絆、着茣蓙という出で立ちで腰に鈴をつけ、「六根清浄」の掛念仏を唱えながら、5 - 6人、多い時には20 - 30人が一団となって、7 - 9月を中心に大山へと向かった。また、盆・暮れの借金の回収時期に「大山参り」をしていれば、借金は半年待ってくれるという恩典もあった。最盛期の宝暦年間には、年間約20万人の参詣者を数えている。
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