塩冶判官と『仮名手本忠臣蔵』
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「塩冶高貞」の記事における「塩冶判官と『仮名手本忠臣蔵』」の解説
江戸時代には人形浄瑠璃や歌舞伎が盛んに書かれたが、その内容の大半は江戸時代に実際に起きた事件やお家騒動などを描いたものだった。しかしそうした事件を実名を使って実録風に描くと場合によっては幕政批判につながりかねないことから、当時はそうした物語の多くを鎌倉時代や『太平記』の時代の世界に仮託して描き、これを時代物と呼んでいた。 人形浄瑠璃・歌舞伎の三大名作に数えられる『仮名手本忠臣蔵』もその一つで、その内容は元禄年間におきた赤穂事件を描いたものだが、やはりその筋書きは『太平記』の世界に仮託して描かれており、播州赤穂藩主・浅野長矩は「塩谷判官」として(播州の名産品「赤穂の塩」からの連想)、幕府高家肝煎・吉良義央は「高師直」として(「高家」からの連想)登場するのはそのため。物語の発端が赤穂事件の実情とは異なる色恋沙汰となっているのも、塩冶判官の妻・顔世御前に対する師直の横恋慕という伝承をそのまま物語に取り入れているからである。
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